2005年11月24日

その後、会場にて…。ミテキテツクッタ。

 2日間にわたる京都巡回「地区型住宅」即日設計競技が大盛況ののち、ようやく幕を閉じた。 今回は巡回提案の2回目で、1回目の反省を踏まえたのが功を奏し、比較的「地区型」の提案が多く見受けられたし、公開審査会も盛り上がりを見せた。作品や当日の模様は後日、HPや『京都げのむ』で公開する予定なので是非ご覧ください。

 しかし課題が超ハードだった。地区の魅力を瞬時に抽き出し、かつ、それをヒントに模型で提案しなきゃならないのだから。しかも1日で。そのためにどのような事前準備や資料が必要か考えた。ほんの1週間前に課題が公表されたりと、参加者の方々には少々ご迷惑をおかけしてしまったのかもしれない。

 準備期間を経て開催日の当日まで、全体を通して見ていた私は、「地区型住宅」提案の実現、そしてイベントの成功に向けてなぜだか知らないが熱が入ってしまったように思う。そして、目の前に並べられた作品の数々にワクワクさせられた。

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posted by 丸子 at 17:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

地区ビデオのロケ帰りに。

半日ぐらいビデオ片手にうろついていた私は疲労をかかえつつ家に帰ろうと自転車をこいでいた。もう、あと少しで家に着くところでふと細い道があることに気付いた私は疲れていながらもその道に吸い込まれていった。
強烈な家が息を潜めてそこにあった。いままで普通の町だと思っていたいたのは大きな間違いで…、実際裏にとんでもないものが隠れていることがあるんだと気付かされた。あっ、この感じが地区ビデオに出来たらと思ったときにはもうカメラの充電が切れており…断念せざるをえない結果に。しかし、デジカメで撮ったこの写真を出す事でいろんな人に見てもらえれば少しうれしいかも。興味がある方は直接私に聞いてください。見た目も強烈ですが臭いの方が強烈です。ごみっぽい様な、家畜っぽい様な…、私は長時間そこにいるのは無理ですね。
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posted by mittan at 00:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 調査 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月22日

鳥居下にて…。

19日、ミテキテツクッテの1日目。スタッフは8時に鳥居下に集合!であったはずなのに…、ギリギリであせって訪れると、そこには誰もいなかった。寒い冬空の下、一人つっ立った私はかなり怪しかった事であろう。早く来ていたのに場を離れていたzukanさんとしばらくして合流し、一安心。それまでのほんのしばらくが寂しいというか不安で、まぎらわしに写真を撮ってみた。真下から見上げた鳥居はちょっときれいで、うれしくなった。
受付や町歩き、移動、制作などかなりハードな一日でしたが新しい発見とまちのおもしろさ、作ることのたのしさの方が大きかったです。粟田学区、いいですね。
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posted by mittan at 23:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 所感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月19日

桂川境界農業の実態2

西部農業指導所に御紹介いただいた農家の方に会ってきました。

近所の徳大寺公園で待ち合わせる。15分前に到着して質問内容を整理しようと思っていると何やら近づいてくる人影が。仕立てのいいコートに赤い自転車、つやつやと輝く白髪。あまりに公園に不釣合いな感じがして目を疑っていると、なんとこの何ともお上品な御老人がその方であった。あまりにスポーティーな格好をしてきた私は少しもじもじ・・・。実はこの方、この辺り一体の野菜生産組合の組長さん。しかも昔の地主さん。そしてとっても御立派な門構えと邸宅。圧倒されっぱなしだった。

だが御本人はとても気さくな方で、桂川河川敷一帯(上野、徳大寺)の歴史等を教えていただいた。大正末頃には田畑が大分河川敷内に出来始め、戦後の食糧難でさらに田畑が増えた、とのこと。今は上野、徳大寺で農業をしているのは50人程で、農家が全国的にそうであるように、高齢化が進んでいるようである。耕作をしていない田畑も所々見受けられる。現代の農業は非常に難しい。だが、この一帯は調整地域であるため高価で売ることは出来ない。用途も農用地と定められているため、他に転用することも出来ない。農業を続けるしかない。出来なければ他地域の農家に貸すしかない。都市の制度に守られ、昔の風景を保ち続けるこの地域は、多重の人々の葛藤を抱える場所でもあった。

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河川敷でカメラを構えさせていただくと、「愛宕山をバックにしてください」との一言。作物を育てながら、何を想って愛宕山を眺めていただろうか。
posted by ren_joe at 00:23| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月15日

ミテキテ準備 「光速ゆっきー」の巻

 「ミテキテツクッテ」本番まで、あとわずか。作業も大詰め。そして修羅場な感じである。土日もお構い無しに準備作業だ。

 今は主に、当日配付する資料づくりを、猛スピードでおこなっている。粟田学区の歴史をまとめ、現在見る特徴をまとめ、かと思えば、「設計のコツ」を図解したり、、。ほんとう大変。

 そんな、ウルトラマンでも普通に呼びたい状況のなか、本当に強力な味方が若杉荘に到来した。名前は、ゆっきー。昨年まで京都女子大学チームの幹事をつとめあげつつ、CDL全体の企画運営にも辣腕をふるった伝説のメンバーである。今は卒業論文作業の真っ最中なので、ひさびさの参上であった。

 彼女を加えて、作業をどんどんとこなす。時間も空腹も忘れて、、。と、「空腹は忘却しきれんよなあ。」と密かにメンバー全員が魂からの「ぼやき」を胸に抱いたその時、「料理でも、つくましょうか」と、ゆっきー。光速調理で、次々と皿が運びこまれ、感動の嵐の中、、CDL史上最大の飢饉を免れたのであった。


 「ありがとう。ゆっきー」と、言う間もなく、彼女は風のように去っていたのだが。また、伝説がひとつ。

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posted by zukan at 15:59| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月14日

思わず大ヒント授与。「地区ビデオ」

 突然なのだが、京都CDLには監督と呼ばれる人たちがいる。そもそもCDLの「L」は「リーグ=League」の「L」というわけで、大学研究室をチームとした、「まちづくり提案」のチーム対抗リーグ戦を繰り広げるというのが主活動なのだ(現在はチーム対抗戦は休戦中で、「CDL」という連合チームで、共同戦線をはりながら都市観察や、さまざまな提案を行っています)。
チームがあるなら、当然、監督がいるわけである。もちろん、各研究室の先生が監督である。

 前置きが長くなってしまったが、今回はそんな監督のひとりである平安女学院大学の中林浩先生から頂いた、非常においしい、「ヒントな」お話を紹介させていただきたい。

 2年前に第3回地区ビデオコンテストを開催したが、この回は20余りもの作品が集まり、上映会あとの審査会は混迷を極めた。作品の傾向、狙いもさまざまで、明解な評価軸を設定するのが困難だったのだ。そんな中、中林先生は作品の評価軸として「京都の「何か特別な場所」を扱うのではなく、日常を扱っている作品を、まずは評価したい」という発言をされ、それは、
このコンテストの核心となるであろう内容であった。ただ、この回に集まった作品は、その軸に応えうるものが乏しく、その軸から展開されていくであろう発見性と可能性が、残念ながら示されることはなかった。

 しかし、中林先生の言葉が、ずっと、小骨が咽に刺さったかのように「ひっかかり」続けていた。その後、第4回目の地区ビデオコンテストを開催するも、やはりこの「軸」に「触れそうで、触れきれない」ような作品を見るにとどまり、さらに1年が過ぎていこうとしていた。

 現在、第5回目の地区ビデオコンテストの作品を募集中ではあるが、「今年はどうなのか?」という思いで悶々としている折、かの中林先生が作品出展するという噂がどこからともなく流れて来た。そこで辛抱できずに、中林先生に「噂がありますが、実際のところはどうですか?」と無遠慮な問いを投げかけてしまったのである。その回答は以下のようなものだった。

「残念ながら出品の予定は立ちません。ぜひ挑んでみたいものです。ことしのテーマも魅力的です。
 わたしは映画通ではありませんが、旅行先のホテルのテレビでキアロスタミというイランの監督が作った「白い風船」というのを見ていたく感激し、ヤフオクでこの監督のものを5作品ほど買いました。受賞作があってけっしてマイナーな監督ではないのですが、なかなかユニークです。
 ストーリーらしきものがないから「白い風船」のように単純です。「友達の家はどこ」は友達にノートを返しに行くだけのものです。イランの都会の日常生活をさりげなくするどく描いています。「宿題」という映画(というよりドキュメンタリー)では、小学生と親に宿題
についてのインタビューをしていくだけのものなのですが、イランの家庭と地域がどういうものがだんだんわかってきます。こういうのができたらやりたいですね。」

 中林先生の作品出展の噂は、残念ながら「がせネタ」だったわけだが(僕自身、誰から入手したかも思い出せないくらい、本当にどこからともなく漂ってきた噂ではあった)、先生の回答には、今回のコンテスト作品制作への、非常に大きなヒントが満載である。「友達の家はどこ」も「宿題」も、このタイトルにはほとんど意味がなく、映画の内容や「狙い」を示すものでは、全くない。「本当に描写したいもの」を引き寄せるための単なる「ガイドライン」に過ぎないのである。一応タイトルどおりの条件で時間が進んでいくが、そこを透けて見えてくるもの、、、。これ以上言う必要もないだろう。

 僕のそそかっしさから、始まったメールのやりとりではあったが、とんでもなく大事なヒントを先生から授かった、と深く感じ入ってしまった。

 12月10日の上映会、不安よりも、期待の方が大きくなった、現金な僕であった。
posted by zukan at 14:54| Comment(0) | TrackBack(0) | 所感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月12日

桂川境界農業の実態

げのむ六号の境界特集「川」編。河川敷といえば、京都では鴨川の親水性の高い公共的なイメージが主流なのではないか、と思う。そんな中、今回特集で取り上げる桂川上野橋〜西大橋の間の河川敷には大小様々な田畑が広がる。都市と川に挟まれた空間に所狭しと植えられた農作物とバラックの農機具小屋の数々。表層的な都市の中で、異質ではあるが、リアリティある生命力を持って確かにそこに存在する不思議な空間である。

さてさて、そんな魅力に取り付かれこの辺りの田畑を歩いて回ってはいたのもの、どうしてここに田畑があるのかという素朴な疑問を解決するため、思い切って京都市農協に問い合わせてみた。すると、西部農業指導所、というところが管轄している、とのこと。面談をお願いして先日お伺いしてみたら、色々と調べてくださっていたらしく、一時間程じっくりお話につきあっていただけた。(感謝!)どうやら、この辺りはほとんどが民有地であり、堤防が拡張された際、堤防内に取り込まれ調整地域農振農用地として割り振られたらしい。そして農業を行っているのは、ほぼ専業に近いか、専業の農家の方々。肥料等の苦情が来ないので、皆さん結構重宝されている、とこのこと。それにしても畑割は異常に細かいし、それぞれ別の農家のもので、手入れ等面倒ではないか、とお聞きすると、市内の農家は農地が点在しているのが普通で、車で移動して農作物の手入れをして回っているらしい。他にも亀岡、八木、大原野等に農地を持っていらっしゃる方もいるのこと。都市で農業をするには、たくましくないとやっていけない。今回農業指導所の方にこの地域で農業をしている方を紹介していただいた。より詳しい境界農業の実態が探れるのではないか、と期待する。

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posted by ren_joe at 14:04| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ミテキテ準備

11日、運営委員会が行われた。雨の中、夕刻に集まった5人。ミテキテツクッテの準備、担当や当日の流れを把握した後、作業に突入!今日の作業は土台作り。ミテキテツクッテで制作する模型の下のダンボールの土台。大きなダンボールをA3に切っていくだけなのだがこれが案外手ごわい。ダンボールのみぞに沿って切るのはいいのだが、垂直に切るのがしんどい。予想以上の振動に加えてなかなか下まで切れず・・・。地味な作業ですが結構疲れました。とりあえず「ここまではっ」と決めて、やっと半分くらいが終了!!

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posted by mittan at 03:05| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月08日

ヒントでピンと、粟田学区

 先日、「京都地区型住宅即日設計競技-ミテキテツクッテ-」の下ごしらえのため、提案対象地である粟田学区(→地図)に事前調査に行った。

 主な目的は当日の調査ルート確認と、当日配布する資料に記載する地区型住宅設計の「ヒント」の発見である。

「ヒント」は@地形A道・空き地B住宅の3種類を設定し、学区内で設定した3つの小地区内でそれぞれ見つけ出す。

 いきなり「ヒント」と言われてもピンと来ないかもしれない。ひとつの捉え方としては「ヒント」とは、その地区にしか見られないような特徴のことである。例えば@地形なら、地区内の等高線だとか小河川だとか・・・。
 とはいえ、1つの項目だけ取り上げても都市のなかには似た様な状況が至るところにある。
そこで、それぞれの項目に対してあまり掘り下げたヒントが見つからなくても、@ABで発見したヒントを組み合わせて構造化すれば、「オンリーワン」な地区や地区型住居が見えてくる筈である。

 実際見つけてきたヒントのうち住宅に関していくらか感想を述べると、地区内での住まい方はやはり@地形とA道・空き地(そのうち特に計画された道路)から受ける制約が大きい。
 降りしきる雨のなか、「巨大で複雑な都市構造に対して個人が抗う術はないのか・・・」と少しセンチメンタルな気分になりかけたが、それぞれの地区内には窮屈そうだけど上手く「集まって」住んでいる例が見られた。
 例えば山の斜面を背にし、平屋が密集する路地裏では、ほとんどのところで、「路地の入り口を示すゲート→祠(ほこら)→稲荷神社」と奥に向かって階層性がみられた。
 また、街区内を小河川が貫通する地区では、河川に対して「背」を向けつつも、上手く河川の蛇行にフィットして観光客にも「大うけ」な何とも絶妙な風景を作り出している住宅群が見られた。

 とまあ、一度行ったことのある場所なので、さして期待もせずに行った調査だったが、「ミテキタ」ものと地図を照らし合わせるとこれまでちっとも解釈できていなかったことに気がついた。次は設計による「解釈→創造」。これが中々悩ましいのだが・・・。

jutaku.jpg
地区ごとに見られるさまざまな住宅たち。外観しか見えないが、
中でどうやって住んでいるのか想像してみるのも面白い。




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ある路地の奥の稲荷神社ではこの日秋の祭礼が行われていた。
決して火事ではない。




posted by m_m at 12:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 調査 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月07日

ちょっと「ミテキテ」。

 「京都地区型住宅即日設計競技-ミテキテツクッテ-」が間もなく開催される。「なんじゃそりゃ?」という感じなので若干の説明をしよう。

 まず、「地区型住宅」である。京都を代表する住居形式として町家があるが、これは京都という都市に対応・適応した「都市型住宅」であり、京都での住居を考える際に,
はずすことができない代物である。

だが、京都の住居は町家だけなのだろうか?「碁盤の目」の街区・街路体系とは無縁な場所が京都にはいくらでもある。そんな場所に出かけてみよう。グニャグニャ、ウネウネした道が気ままに走り、小刻みな段差を小階段でつないだような場所にうまくフィットさせた住宅や、蛇行する河川に向けて絶妙な対応をするウォーターフロントな家など、さまざまな住宅の傑作を数多く見つけることができるのである。

こんな、地区の地形や街路体系に対応した住宅を、「地区型住宅」と呼ぶのである。

 では「ミテキテツクッテ」という企画はいったいぜんたいなんなのか?スパッと回答しよう。ある地区に出かけて、地区を「ミテ」、そこにある「地区型住宅」から、さまざまな住まい方のヒントを得て、それをもとに、より魅力ある「地区型住宅」を「ツクッテ」しまう企画なのだ。回答するまでもなく、タイトルのまんまなのだ。

企画は2日間開催され、1日目に「地区歩き」+「地区型住宅の設計(模型とスケッチを作成)」をし、2日目に全作品を展示、京都CDLの理事(さまざまな京都研究のエキスパート)による公開審査会も行われる。

 第2回目となる今回の舞台は粟田学区である。なので、僕たちが提案するのは「粟田学区型住宅」とも呼べるものなのだ。この「粟田学区型住宅」提案がよりよいものとなるよう、ひとあし先に3人の調査員で学区に出かけて事前調査をおこなった。CDLは「雨乞い」能力に秀でた人材に恵まれたのか、またまた始終、雨。

それはよいとして、なかなかに手強い粟田学区!すごく近い場所同志なのに通りを1本挟むだけで、まるで街路体系や住宅の在り方が違うのだ。同じ川なのに、それに向ける住宅の反応も全然違うし。事前調査の模様はまた別の調査員からの報告があると思うが、結局僕たちは、この事前調査で3つのユニークな調査エリアを粟田学区内に設けることにした。

この3エリアの地区のヒントも、エリアごとにすいぶん違ったものになると思う。最低でも3種類は「粟田学区型住宅」が誕生するのは確実だ。でも当日には、予想をこえるような驚くべき素敵な「粟田学区型住宅」提案が飛び出すだろう、そんな予感がした事前調査だった。雨に濡れて風邪ひいちゃったけど。

 本番は11月19日と20日。「粟田学区型住宅」を是非「ツクッテ」みたいという方は、19日の午前9時に平安神宮鳥居前に集合されたい。
posted by zukan at 16:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月05日

橋下居住

げのむ6号の特集テーマは「境界」。記事では京都の地形的な境界、近世京都の都市境界(御土居)などを主にとりあげるが、町の中にも境界はある。なかでも一番わかりやすいのは川であろう。その川にかかる橋は、文字通りに此岸/彼岸をかけわたす境界装置であり、古今東西を問わずさまざまな事件(牛若丸と弁慶の対決、一条戻り橋ガラガラドンなど枚挙にいとまない)の舞台となってきた。

とはいえ現代の橋の上でドラマチックな出会いが起こることは稀である。それよりも橋の下が面白い。京都にいる人ならほとんどの人が知っていると思うが、鴨川にかかる橋の下には、実に立派な段ボールハウスが建ち並んでいる。木造のガッシリしたものや、鍵のついた扉・窓があるもの、高床になってるものもある。その内部はいったいどうなっているのか、どんな人が住んでいるのか、以前から興味を持っていたが、なかなかお近づきになれずにいた。しかし彼らはいわば境界の住人であり、「境界」をテーマにする以上、避けて通るわけにはいかない。

ということで最近、橋の下を訪れそこの住人にお話を聞きにいくということをはじめた。はじめはおそるおそる行ったのだが、(予想外に)けっこう愛想よく話してくれる。和歌の会を催していたり、近所の大学教授と宴会をやっていたりと、交友も幅広い。まだ家の中まではお邪魔できていないが、これからも機会を見つけては遊びに行こうと思う(ただ、げのむの記事にどこまで書けるかは、まだ不明…)。

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posted by Q at 17:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年11月01日

「どうでもいい風景」と地区ビデオ

 来る12月10日に、京都CDL地区ビデオコンテストが開催される。今年でもう5回を数える。

 京都CDLが発足したのは2001年。その初年度半ばに、調査という分析的な形式だけではなく、直感的に風景を感受し、それをいきいきと描写することも必要なのではないかと思って編み出されたのが、地区ビデオコンテストなのだ。

 映像作品のジャンルは何でもありで、それこそラブストーリーなどのドラマ仕立てでもオッケイなのである。ただ、その場合、登場する人物は時間をすすめる媒体の役目を果たすだけで、本当の主役はあくまで地区の風景でなくてはならない、というのが、ポイントであった。

 しかしながら、なかなかにこの主旨が伝わらない。「プチシネマ」という麻薬にさまざまな位相で取り憑かれてしまうのだ。「役者業」にハマる。「監督業」に浸る。ビデオ編集テクニックをみがきまくる、、、などなど。また「劇的な」ロケ地にこだわりすぎて、結局お昼のドラマか、日曜朝の戦隊ヒーロー特撮ものの背景ビデオみたいになっちゃったり。

 しかし、撮影側の気分はすごくよくわかる。要するに朝おきて、窓を開けたらそこにあるような「どうでもよい風景」なんか撮りたくないのだ。しかし、この「どうでもよい風景」こそに地区ビデオの鍵があるのではないだろうか。たとえば、「どうでもよい住宅」もよく見ると戦慄が走る。これだけ滅茶苦茶バラエティに富んだ住宅がひしめきあっているこの風景。昆虫収集家が住宅収集にもし目覚めたならウハウハな状況である。どの国にも増して見事な住宅標本が完成するだろう。こんな「特殊な風景」が、普段「どうでもよい」「普通な」風景に映るのだ。「どうでもよい風景」に一度騙されたと思って向き合うと、とんでもない発見がそこに潜んでいるかもしれない。

 今年のコンテストのテーマは「京都遊歩者 見慣れたまちを、見知らぬように」である。「どうでもよいもの」たちが魑魅魍魎と化して跋扈する風景が見られるかもしれない。

 作品はまだ募集中。〆きりは12月1日である。

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posted by zukan at 16:32| Comment(0) | TrackBack(0) | おしらせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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