2005年12月29日

みんなの故郷、若杉荘。

 12月27日、それはいつもと変わらぬ、単なる年末のある一日。僕は職場の大阪にいた。地下街で昼飯を何となく食べて、何となく外に出たら、ふと電話に気付く。

 2年前に就職して、今は新潟にいるCDLのOG、BBさんからだ。「新潟の雪はどうですか。今年はたいへんでしょう。お察しします。」なんていうじじいくさい会話を開始する準備が万全だったのだが、「大阪に帰ってきました。今日か明日、みんなと会えたらと思って、えっと今日がいいです。」という怒濤の旧ピッチいきなりアポイント攻撃を真正面から受けて、とにかく、新拠点:若杉荘の管理人、丸子さんに連絡。丸子さんはCDLスタート時からのメンバーなので当然、BBさんのことはよく知っている。「今日ですか?あっ、大丈夫です。お待ちしております。」ということで、まずはほっとひと安心。

 次に、昨年からのメンバーで、CDLのクールな切れ者、m-mくんに連絡。彼はBBさんとは、CDLを介してではないけどお互い知っている、というようなことを僕は聞いていた。「そうですか。27日、今日なら都合つきます。」というあいかわらずのクールな回答。またまたほっとした。

 というわけで、この緊急アポイントメントに対して2人も確保できたら万々歳と、ようやく余裕ができた僕は、丸子さんに再度連絡。「何かあたたまる料理でも企画しといて。」
丸子さんは「わかりました。やってみます。」とのこと。

 そして日が暮れて、夕刻。思った通り、待ち合わせ場所に10分遅刻したBBさんを連れて若杉荘へ。1階ではあくせく鍋の料理をする丸子さんと、こたつに座してクールに朝日新聞社会欄を通読するm-mくん。ここは12/10に地区ビデオコンテストメイン会場だった場所だ。若杉荘は初めてだったBBさんもすぐに馴染んでくれたよう。なんだかようやく落ち着いて、鍋をかこんで、いろんな話しで盛り上がる。鍋の湯気で部屋はほんのりかすみ、みんなの家のような面持ちに変化していた。

 クールなのに感傷的なm-mくん。「今年は、いろんなことがあった激動の年でした、、長い一年でした、、。」僕も「いろんなことがあったなあ」と彼の感傷波動にやられてしまった。
よく考えれば丸子さんも、今年からいきなり、若杉荘の管理人を申し出て、ここをずっと守ってきたのだ。みんないろいろあったけど、そんないろんなことを包む場所がこうしてあって、良かったと思った。卒業しても全然かわらず、そして遊びに来てくれたBBさんを見るにつけてさらにその思いを強くした。

 飲みたいだけ酒をあおり、そのまま雑魚寝。なんだかんだいって、よい年だったような気がしている。ここがあって良かった。みんなの故郷、若杉荘。

 
posted by zukan at 09:35| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月19日

桂川境界農業の実態3

12月18日。それは、日本全国が大寒波に覆われて大騒ぎしていた、そんな年に何度もない特別な日。
そんな日に限って私達は桂川河川敷に再び出向いた。目的は農作物の種類や、バラックのプロットをする等極めて地味ぃな作業だ。出来れば河川敷に来た農家の人にインタビュー、も考えていた。ところがどっこい、というか当然なのだが、こんな寒い日に農作業に来る人はとんといない。人通りの少ない寂しいそして寒〜い河川敷で、震えながら作業にあたった。
が、始めるとなかなか面白いものである。田畑は大きく二つに分かれることに気がついた。
つまり農家が単一作物を大量に育てているタイプと、区画を細かく割り多種類の作物を個別に育てる菜園タイプである。
農機具小屋は大きく3つ。木製柱梁構造にトタン等外装材をはったもの(はらないものもある。手作り)、竿など鉄製の柱梁構造のもの(手作り)、そしてプレハブの倉庫である。概してお金のかからない製法、材料で作られている。
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側面はハウスメーカーっぽい外装材に鉄格子付のガラス窓。一見プレハブ。
だが、何故か桂川仕様の前面(トタンの外壁に手製扉)と構造。
それは菜園タイプの畑についても同じ。バラックとなぜか竿が大量に置かれている。竿は領域表示と、夏野菜用の支柱に使われるとふんでいるのだが、それにしても多い。農機具小屋は基本的に農作業に従事する人の数に比例するようで、菜園エリアは大量の農機具小屋と竿で溢れていてなんとも異様な空気を漂わす。家庭菜園という言葉のイメージとはかけ離れた何故か違法性を臭わす空気なのである。もちろん違法性はなく、不動産を通じて賃料もきちんと払っているらしいのだが。
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さて調査も進み、雪も解け少し暖かくなったころ、キャベツを収穫しにきた農家の方を発見!急いで話を聞きに行く。嫌な顔せず、しかし手に持った鎌は決して離すことなく、ぶんぶん振り回しながら桂川について元気よく語ってくれた。最も印象に残ったのは後継者不足による田畑の空地化。そもそも菜園タイプもここに端を発する訳で、建物を建てられないこのエリアでは後継者がいなくなれば農家に貸すか、菜園として非農家に貸すしか道がないのである。貸菜園が増えてきたのもここ10年来。見たところ10分の1は今や貸菜園である。そしてぼつぼつと空く雑草だらけの田畑や休耕田。ここではそんな状態になってから、主の訃報を知ったりする。そのタイムラグは非常に都会的だ。都市計画によって守られた農業地帯であるが、少しずつ都市に侵食されつつある。そんな現状がこの河川敷の田畑をじっくり見ていくと少しずつ見えてくるのだ。
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寒さによく耐えた!こうしてまた都市へと帰っていく編集員達。おつかれさん。
posted by ren_joe at 15:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月15日

立体上映って、何?

 先日行われた京都地区ビデオコンテストの会場は、CDLの今年からの拠点、若杉荘。外観は地味だけど、長屋の1軒。管理人が一人常駐しているようだが、CDLの主要な会議が開催される他はこれまで大々的に使用されたためしがない。ならばこの際に、と持ち上がったのが、京都地区ビデオコンテスト上映会の開催だ。

 出展作品は全18作品で、出展者の皆さんに上映会に来てもらおうとすれば、かなりの来場者が見込まれた。当初の我々の予想を裏切り、一時は若杉荘での開催が危ぶまれた。でも、言ったからにはやらなきゃかっこわるい。運営委員の知恵を振り絞って編み出されたのが、来てくれた皆さんはご存じ、不完全双方向システム導入型の立体上映会の開催である。

 一部屋最大8畳というウィークポイントを何とか克服しようと、1階と2階の二つの会場のスクリーンに同時上映をしようということになった。問題は、上映終了後の審査会で、上下に離れた二つの会場での意見のやり取りが必要ということだ。そこで、一方の1階会場の風景映像が2階会場のスクリーンに映し出され、かつ、家庭用電話の親機と子機を使うことで、何とか声だけはつながる、という不完全双方向システムが採用されたわけである。

 とはいっても、この中途半端なシステムのおかげが、若杉荘の中につながっているけどつながっていないという奇妙な感覚がおかしみを引き出し、会は大成功を収めた。最後は1階に全員が集結、会は無事終了した。あらためて、こんな大勢の人が若杉荘に来ていたんだ、と感じた瞬間だった。

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posted by 丸子 at 20:58| Comment(0) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

おかしなテンション。

ビデオコンテストでもう一つおもしろかった事があったのを忘れていました。
私が写真におさめたのがこれしかなかったので今更ながら恥ずかしい写真ですが、公開してしまいます。この顔についてる素敵な飾り(しめ縄)が今回の3位入賞者の商品でした。1位と2位はクリスマスな感じの物で…。トロフィーとは一味違っておもしろいというか、なんといえばよいのかいい商品ですね。
ビデオコンテストが終わって久々に会ったこともあって話していると変に盛り上がってこんなことに…、まっ、楽しかったです。
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posted by mittan at 01:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 所感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月13日

地区ビデオコンテストを終え、たら、まだダメ。

 12/10日の地区ビデオコンテストは盛況のうち、まくを閉じた。

 始めての若杉荘でのコンテスト。しかも1階と2階を会場とする立体上映構成、さらには1階会場の模様がリアルタイムに2階に映写され、しかし、2階からは電話しか通じないという、不完全双方向システムの導入など、意欲的かつヘンテコな、そして魅力的な会であった。

 作品も18作品集まり、前4回で、なかなかたどりつけなかった「地区風景へ向かう意志」が今回ようやく芽吹いた感があった。5年間、やめなくて本当によかった。これらの作品は近々、作品集として、ホームページで概要と「一押しシーン」を紹介する予定なので是非、是非、御覧ください。

 若杉荘という自分達の拠点を舞台にした準備作業も面白く、当日にmittanに指摘されて、大慌てで、けれども意地でも「手ぶれせずに」CMを撮影するなど、いろんなハプニングも含めて、収穫が多い会ではあった。

 しかし、会が終了して3日くらい経過して、改めて感じたことが幾つかでてきた。しかもそれがずっと僕にひっかかって離れてくれないので、ここに書き留めたい。多分、次回以降の地区ビデオコンテストの発展につながっていくようなことだと思う。

 まずは、同じ作品を見ているのに、見る人によって、受け取り方に、あまりに多くのズレが発生してしまうことである。例えば、月曜日に見たドラマに関して火曜日にその話題をしても、内容に関する理解がズレて、会話がなりたたないなんてことは、ほとんど発生しないだろう。と、いうよりもズレが発生し過ぎたらドラマ自体がなりたたなくなってしまうだろう。

 それなのに、地区ビデオはよくズレるのだ。それはその作品に多重な意味が巧みに内臓されているからでは断じてない。おそらく撮り手の意図に反して映像がひとり歩きしてたり、映像を編集しているうちに意図が霧散していたりすることが原因なのだ。意図にガチガチに縛られてやたらに説明的なビデオなんてすごく嫌だが、意図の骨格だけは絶対ぶれないように作品を作り上げなければならないことをあらためて感じた。

 次に、すごく「惜しい」作品が多いことである。それは制作者自体がいちばん感じたことであるかもしれない。でも、この「惜しい」感じを、あと1年凍結させてしまったら、おそらく「惜しい」気持ち自体が行方不明になってしまうだろう。多分、1年後はリセット、リスタートっぽくなってしまうに違いない。

 今回集まった作品自体は今回のものとして保存をしておくが、近いうちに、問題点を修正した改良版を上映する「リベンジ大会」を是非やるべきだと考えている。モチベーションがあがりにくいなら、何処かに出展する場を考えてもよい。それでもやるべきだと思う。何故なら、ある部分さえ修正したら、今回受賞した作品のレベルを遥かに越えて、地区風景の真に迫るような作品となりうるものが何点かは確実にあるからなのだ。この修正作業を怠ってきたことが、これまで遅々として作品の質があがらなかった理由ではなかったかと考えられるのである。

 ただ、このようなことを改めて思うことができたのも、地区ビデオコンテストが成長してきたことの証しなのではないかと思う。前までは気付きもしなかったのだから。上記のようなことをクリアして、来年はあっと驚くほどの地区ビデオコンテストにしたいと、強く感じている。
posted by zukan at 23:18| Comment(1) | TrackBack(0) | 所感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

ひとりぽっちじゃないけれど。

12月10日のビデオコンテスト開催のためその日は午前から準備があった。観光客でいっぱいのバスにゆられ「もう人手足りてたら正直ショック」と思いつつ少し遅れて若杉荘にたどり着いた。着いてみるとやる事はまだ残っていて資料を本にする作業をした。相変わらず「作業風景を撮らなきゃ」と思った私がカメラを出すと、その部屋にいたのが2人だけで…。(他の2人は別の作業)カメラを撮るには1人抜けないといけないわけで、一人っきりの部屋になってしまった。ビデオ上映のため荷物の無くなった部屋は引越し仕立てのよう。
IMG_0435.jpg
でも、広くなった若杉荘も人がぎゅうぎゅうになるほど集まってにぎやかな地区ビデオコンテストが出来てよかったです。
自分の作品主旨が読まれたときには「なんてばかなことを書いてしまったんだろう」と恥ずかしくて逃げたい気持ちでしたが、投票で自分のビデオに入れてくれた人がいたことがうれしくて、好感をもってくれた人がいたことに下手ですけど作ってよかったなと思いました。見てくれた人みんなに感謝の気持ちです。

今回のビデオコンテストでは初の京都CDLのCM上映が試みられた。上の写真も京都CDLの地区型特級建築士さんが撮ってくれたのだが、この写真を撮る数分前にCMの話が持ち上がったのだ。私が作業中にずいぶん前に話していたCMのことを思い出して「結局作らなかったですね。」といったのが事の発端、即日ビデオ制作をする事に…。手ぶれ知らずの名カメラマンが撮影・編集をして本当に出来上がってしまった。出来上がりを見てきれいさにびっくり、そして大爆笑でした。
posted by mittan at 00:25| Comment(1) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月12日

長文御免。小京都雑感

 以前、「京都げのむ2号」の特集で、京都の問題物件を扱ったことがある。問題物件とは、古くは京都タワー、近年だと京都ホテルやモヒカン山など、大概は京都の「景観破壊をひきおこす」物件たちである。

 ただ、これらは、建設決定の際、もっとも脚光(猛烈な反対を受ける)を浴び、それをピークにして、完成後しばらくしたら、全くさわがれもしない奇妙な輩で、京都の風景になんとなく馴染んでしまう(京都ホテルを見よ!)のである。

 このことから、京都の景観なんてものは、単なる幻想に過ぎず、その幻想を維持し続けるためにこそ、問題物件が必要とされるのではないか、という結論を「げのむ2号」では下していた。要するに、建設反対運動に熱狂することで、あたかも守るべき美しい風景があるかのような幻想を抱くことができるというわけである。

 では、京都の景観、都市構造を何らかのかたちで模倣した小京都なるところでの事情はどうなのだろう。今年、秋田県角館(かくのだて)という、東北地方の小京都で仕事をする機会があり、その町がおかれた状況にナマで触れてしまった。

 角館は小さな城下町であり、北と東に山、西には川(京都の鴨川にあたる)があり、山の名前も華頂山など、京都にちなんだものがあり、まさに京都をモデルとした町である。また近世に計画された都市骨格(街路幅や町割りなど)がほとんどそのまま残されており、そのことがこの町の性格と美しさの源泉となっていた。

 では、そこに問題物件が建設されるとどうなのだろう。京都のようであるなら、問題物件を「いけにえ」に、ひらりと身をかわしながら幻想を振りまくはずであるが、、。

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 結果は最悪である。写真後方に見える円形レストランを備えた、この町でひときわデカいホテル建築(20年前に完成)。街区スケールをあきらかに逸脱し、南北3キロ程度、幅1キロ程度しかない、この町では、まさに宇宙からやって来た最凶怪獣のごとくに大暴れである。どこから町を見てもその「醜悪な姿ビーム」にやられてしまう。

 また、町南半分の町人街の典型的な建物であった町家も、現在では数えるくらいしかなく、これも京都以上に、ひどく目につく。

 さらには、保持されてきた都市骨格にも手が入る。町のなかで中規模くらいであった道路の1本がゴリゴリに拡幅され、その道に面した建物は全て解体新築を余儀なくされた。単なる幹線道路としての拡幅は、かつての都市構造のヒエラルキーと無関係であり、その薄ら寒い風景は町を絶対零度と化す。

 この道路拡幅にともない、僕の父の生家(といっても僕はほとんど探訪したことがない)も解体する運命にあったのだが、無理矢理、曵くことにした。おんぼろな町家なのだが、これを潰すと、この通りに面する町家は0軒となってしまうので。僕の仕事とは、おんぼろ町家を曵くことと、その結果一部解体した部分に小さな増築をほどこすことであった。

 それはそうと、小京都と京都はまるで違う。まずは、京都は現代都市であるが、少なくとも角館は都市ではない。だから都市スケールの新陳代謝を受け付ける体力(語弊があるなら骨格と内蔵)など、はなからないのだ。

 また先ほどの道路拡幅は、角館の観光目玉である武家町のメイン道路を無電柱化、かつ、完全歩道化(アスファルトもはがす)するための、代償行為であるのだが、観光の「ハイライト地区」と、その他部分を分離するほどの体力も、やはりないのである。結晶化された骨格こそがこの町の全てであったといっても過言でないほど、小さな小さな町なのだ。

 しかし、小京都は京都に対する憧憬がある。これは憶測ではあるが、「京都では、新しい大きな建築がいっぱいあるよ」「町家だけでなく新たな家もいっぱいだよ」「ハイライト地区と、そうでないところをうまく使いわけてるよ」なんていう、現代都市:京都の模倣が、そこにはあったのではなかろうか。現代都市でもない、小さな体が誇りの町であったことを忘れて。

 小京都の問題物件は、京都と違い、本当に問題物件である。そして、京都の問題物件の問題は、京都における問題ではなく、それが小京都に「移植されること」にこそあるように思われる。小京都は腐っても京都を本家と思うべきか、親離れして自分を見つめ直すか、早急に決断せねばならないだろう(もう手後れな部分も多いが)。

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↑ 曵いた、おんぼろ町家の外観。切妻妻入り、下方に下屋がつくのが、この町に典型的な町家。この道路沿いには町家はもうない。後ろ上方に突出する屋根は増築部分の上屋である。

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↑ 曵家後方に増築された部分の外観。
posted by zukan at 16:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 所感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月05日

地区ビデオコンテストに向けて

 12月3日、若杉荘にて運営委員会が行われた。げのむ編集の進行状況の確認後プチビデオ上映会の始まり。先に見てしまって悪いのですが、事前に順番を考えておかないと審査に不公平が発生しかねないので…。今、届いているのは15本、1時間半をかけてひたすら視聴…。見終えて少々ぐったりしつつ上映順番の相談を始める。どうすれば見やすいかなどを考えて仮上映順番の決定!
 ほんの数名しかいないのに自分のビデオが始まるとドキドキして、恥ずかしくてたまらない気持ちになりました。あぁ、10日に上映するときにはどうなってしまうのか心配…。もしかするとそのときだけ隠れてしまうかもしれないです。
 どの作品もそれぞれ個性が出ていて楽しく見せてもらいました。きっと10日も盛り上がるんじゃないかなと思います。
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posted by mittan at 03:29| Comment(0) | TrackBack(0) | 編集 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月04日

これはいい!「ミテキテ」作品集

これを読んでしまった、みなさん。

 京都CDLのホームページ、「成果物」のところを、カチッとクリックしてみてください。先日開催された「ミテキテツクッテ」全作品が紹介されています。

 作品が粟田学区のどの場所に配置されたかも一目瞭然。これはいいです。

 改めて作品を見直してみると、その時だけでは気付きえなかった、作品の秘められた可能性も、じわじわと迫ってきます。

 これらの種がいつか花咲く日が来たらと、わくわくしてしまいます。一度カチッとクリックしてみてください。
posted by zukan at 18:52| Comment(2) | TrackBack(0) | おしらせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月02日

地区ビデオ達とともに。

12月1日、地区ビデオコンテストのビデオ提出締め切り日。うちの大学みんなのビデオを携えて若杉荘へ向かった。クラブを終え午後8時過ぎに学校を出たので疲れぎみでしたが、今回自分の大学でいろんな人がビデオを作ってくれたことがうれしくてテンション高め。
10時前に若杉荘に着いて、届いているビデオは私の持ってきたのと合わせて12本。まだ郵送で届く分も考えるとかなりにぎわったビデオコンテストになる予感。今回のビデオコンテストは某女子大がどっさりビデオを作ったらしい... 。
一時は「あ〜、もうダメだ。」と投げ出しかけましたけど、地区ビデオ私もなんとか作って提出できました!まあ出来は、ん〜どうでしょう。
とにかく、ビデオもたくさん集まっているようだし10日の地区ビデオコンテスト、楽しみです。
DSC031917.JPG
posted by mittan at 15:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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