2006年06月27日

きわめぐる都市編「道」

「道の形」というのは都市の成り立ちを探る上で、最も入手しやすく、かつ情報量の豊富な材料である。都市空間分析の「いろは」の「い」は街路形態にあるといってもよい。
京都中心部の碁盤の目状街路のルーツが古代中国の条坊制にあるという話は小学生でも知っている。ではでは、京都の周縁・境界領域に見られる、起伏に富み紆余曲折した異形の街路網は如何にして誕生し、そこから何を読み取ることができるのであろうか?
(当初これらの道を「境界の道」=「きわの道」→「極道」として話をつくろうと試みたが、よくよく考えると意味不明なネーミングのため没になった)

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●『きわめぐる都市編「道」─地形三重奏の裂け目』より:
(文・図:中川雄輔 全3頁)

 「京都の道」と聞いて、思い浮かぶのはどんな道だろうか。格子状に走る雅やかなる大通り、その裏のしっとりした路地に舞妓さんがはんなりと…いやいや、それは京都の道の表の顔である。中心部から一歩足を踏み出せば、「これが京都?」と唸らされる不思議な道たちが、実はたくさん潜んでいる。
 平安京では山・川・野といった自然地形が都市を囲む境界領域を形成していた。しかし近代以降、京都の街はその禁断の領域に踏み行りつつ拡がってきた。そして、河川改修・道路拡幅・鉄道敷設などの人工的地形変化と、中心から外に外に浸食していく宅地化は、既存の地形と重なり合うことで、数多の異形の道々を街の中に産み落としたのである。以下、京都の中心部では決して見ることのできない、「きわの道」をいくつか紹介したい。

034_michi.gif ←紙屋川立体街路 [p.34]
posted by Q at 01:33| Comment(1) | TrackBack(0) | 6号紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月25日

巨椋池での出会い。

京都げのむ6号で京都の地形の境界として記事が書かれた巨椋池。記事には書いていませんが、昨年巨椋池干拓田へ三度訪れました。記事には書かなかった調査のお話。

最近は雨女と言われるmittanですが、去年の夏は晴れ女でした。私が調査に参加するたびなぜかカンカン照りに…。九月に行った時も快晴でした。特に巨椋池干拓田の場合は一面が広大な水田であるため、影ひとつ無し。干拓田の真ん中にいると壮大な景色に感激でしたが同時に自分が干からびてしまいそうなほど暑かった。農家の人が朝早く、暑い昼を避ける理由がよく分かりました。

そんな暑い中たくましく生きている生き物が…。

スクミリンゴガイって知っていますか?かわいい名前でしょ?
別名ジャンボタニシ。「ただのタニシかよっ。」って思うのはまだ早い。普通のタニシより大きいのはもちろんですが、水田に与える被害が最悪。稲を食べてしまう悪いやつなのです。
0625.jpg
ご覧のような地味に大きなタニシ、その隣がジャンボタニシの卵。この毒々しいピンク色、スクミリンゴガイならぬクスミリンゴ色?


ミドリガメは知ってますよね?
田んぼの近くに流れる古川の堤防にいました。かなり大きかった。
(もうこのかめさんは大人なので「ミドリガメ」とは呼ばず「アカミミガメ」と呼ぶそうです。)
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イシガメは知っていますか?
日本にもとからいるのはイシガメで、アメリカからやってきたミドリガメ(アカミミガメ)に生息地を追われて減少しているらしいです。東一口の古川でみつけてzukanさんが狂喜乱舞でしたが残念ながらすぐ川の中へ…。

それから後に別の場所で。
田んぼの水路にもかめさんが。zukanさんが水路に入って捕まえて道路においてくれました。
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私はイシガメさんと勘違いしていたのですが、こちらはクサガメさん。詳しくは、zukanさんのコメントで。小さくてかわいいカメでした。

干拓にまつわる神社なども訪れましたが、こんな巨椋池跡地の自然とふれあい、出会いの多い調査を行っていました。

記事のほうでは、巨椋池のたどってきた歴史を主に書いています。ぜひ歴史も京都げのむ6号でお読みください。
posted by mittan at 01:25| Comment(5) | TrackBack(0) | 6号紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月21日

発送作業。

できたてホヤホヤの「京都げのむ6号」
18日の日曜日にげのむ倶楽部の方など郵送する分を、梱包する作業をしました。初めて出来上がった青く輝く6号を見て喜んでいると即行作業開始。げのむと書面を袋に詰めて封筒に入れて宛先を貼って完成です。いつもの流れ作業で、順調に作業が進んでいきました。『早く作業を終えて、げのむを読みたい!』と思いつつもくもくと動いていると気付けば16時。(作業を開始したのは13時)とても晴れた暑い日で、部屋に6人いるとやや温室っぽく、窓から30分に1度だけ風がひょろりと吹くという謎の環境はメンバーの体力を徐々に奪ってゆき…。若干の疲れが見えてきても、『あとちょっと!』と思っていると、Q編集長からの「これ、次の分。」とのひと声。永遠に終わらないかと思われた梱包作業が終わったのは20時前でした。結局、その日は疲れてしまって、作業の合間にちょこちょこ読んだだけでした。

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posted by mittan at 23:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

京都データベース:墓地(その2)

●『京都データベース:墓地』(全8頁)から内容の一部を紹介:

114_boti2.gif
↑都市の境界にあった墓地+若王子墓地の墓石配置図 [p.114]


「妙覚寺墓地 〜かつての墓地は今となっては自転車の墓場〜」

■所在地 上京区下清蔵口町 
■管理  妙覚寺寺院墓地
■見所  高層マンション/墓地敷地内の住宅/かつて墓地いま駐車場

■墓地概要
秀吉の都市改造期に日蓮宗寺院が北方に集められ「寺ノ内」が造られたが、その核をなす寺院の墓地。現在では、堀川通と紫明通の幹線道路に隣接し、周辺は高度に開発が進み墓地の周囲には高層マンションが建ち並び、かつての墓地域が街路、宅地によりズタズタに分断されてしまった。

◇地図とフィールドから見える境界
上京区と北区の区界は明治期の市街地の境界と一致する。したがって、この区界上に立地する墓地は明治期の市街地の北限を示している。墓地の周辺は現在市街地に完全に呑み込まれてはいる。しかし、かつての墓域は駐車場に変化し高密集住地における空白を形成したり、寺院境内には持ち主不明の自転車が大量に遺棄されている荒廃した光景を創出したり。現代におけるエアポケット的境界空間といえまいか。
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2006年06月20日

京都データベース:墓地

京都でよく目にするものでありながら、これまであまりデータ化されていなかった(と思われる)項目をとりあげて、コンパクトかつ高密度な資料にまとめ、その上分析まで加えてしまうという連載企画「京都データベース」。地味ながらも毎回もの凄まじい労力と時間の注ぎ込まれた、非常に贅沢な記事である。

3号「銭湯」、4号「商店街」、5号「川」ときて、6号は「墓地」。

ご存じの通り京都には墓がえらく多い。町を歩けば、そこらじゅうに墓がある。これは決して寺が多いことが理由ではない。寺があるから墓があるのではなく、人が死ぬから墓があり寺があるのである。京都は1200年のあいだ都市であり続けてきたが、これは言葉をかえれば、京都という都市には1200年間分の人々の死が堆積しているということだ。墓地の存在は、この当たり前でありながら忘れがちな事実を思い出させてくれる。そして墓地の立地(=死者をどこに葬るかという問題)は6号の特集テーマである「境界」と密接な関わりをもつのである。


●『京都データベース:墓地』(文・図:高橋俊也 全8頁)から内容の一部を紹介:

109_boti+.gif ←京都の墓地分布図 [p.109]

 京都では古代から京都盆地を取り囲む三山(東山、北山、西山)の麓に大規模な葬地が営まれでいたのは有名な話だ。京都盆地にみやこが造営されてから、都市の周りにあって、都市の境界を示し、都市の周辺空間を形成する上でのひとつの要素であった。

 そんなお墓も明治期の近代化を迎えると、都市計画や公衆衛生上の観点から忌み嫌われる施設として、市街地の整備の妨げと見なされるようになる。明治期と高度経済成長期を経て都市の人口が増えるにつれて、京都の市街地は整備拡大され、それは都市の周辺部にも及び、京都の都市空間は劇的に変化した。そしてそこにかつてから多数存在したお墓もまた、都市の空間とともに大きく変化することとなる。

 都市にあるお墓に目を向けてみよう。周辺に立地し京都における境界を示してきたたくさんのお墓に目を向けることで、都市空間の変容を如実に浮かび上がらせることができるのである。
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2006年06月14日

満を持して完成!「京都げのむ」第6号

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↑ブルーが眩しい6号の表紙。完成が延びた結果、期せずして初夏にふさわしいものに…

久々のというか、登場自体が2回目くらいの編集長です(汗)。しかし2回目にして、この報告。今月上旬、「京都げのむ」第6号が、長い長い編集作業の果てに、やっとようやくついに、完成しました!
しかし、書店に並ぶのはもう少し後になりますので、それまでの間、編集長であるにもかかわらず書き込みをさぼり続けた罪滅ぼし(?)に、少しずつ6号の内容紹介をできればと考えています。

まずはコンテンツ一覧から。


京都げのむ No.6 「みやこきわめぐり」

■巻頭論考─東アジアそして日本のなかで、京都を「よむ」 (文・応地利明)

■特集─みやこきわめぐり《京都境界巡行》
【巻頭グラビア】
 境界曼荼羅
【きわめぐる地形編】
 山─山麓に蠢くモノたち:東山
 川─河原新時代の胎動:桂川
 池─切なき境界の宿命:巨椋池
【きわめぐる都市編】
 御土居─近世京都の都市境界
 住宅─都市居住の臨界点
 道─地形三重奏の裂け目
 居住者─境界線上で見る夢
 地蔵─境界守護神の変転
【論考】
 京都境界論の射程 (文・渡辺菊眞)
【コラム】
 京の輪郭を描く点 「七口」
 異界への中間領域 「野」

■京都CDL活動報告─CDL 2005 Annual
 クロニクル+事務局日誌
[シンポジウムレビュー]僕の写真作法とエアポケットの危機(写真+文・甲斐扶佐義)
[京都断面調査]京都境界巡行レビュー&座談会
[ワークショップ]ミテキテツクッテ《粟田学区編》
[地区ビデオコンテスト]京都遊歩者─見慣れた街を見知らぬように

■連載─京都熱視線
[通りゃせん]水没注意!! 東一口集落
[人体京都細密検査]西陣スタイル〜伝統的空間と防災の共存するまちづくり
[復活アンケート企画]怖い京都
[新連載]京都音楽風景
[インタビュー・京都私的探求]三条大橋托鉢僧・インド料理スジャータ店主
[京都メカニズム]意匠について
[京都データベース]墓地

■巻末図鑑
[D の図鑑 13]京都便所日和 ─後編─
posted by Q at 19:05| Comment(0) | TrackBack(1) | 6号紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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