2005年12月19日

桂川境界農業の実態3

12月18日。それは、日本全国が大寒波に覆われて大騒ぎしていた、そんな年に何度もない特別な日。
そんな日に限って私達は桂川河川敷に再び出向いた。目的は農作物の種類や、バラックのプロットをする等極めて地味ぃな作業だ。出来れば河川敷に来た農家の人にインタビュー、も考えていた。ところがどっこい、というか当然なのだが、こんな寒い日に農作業に来る人はとんといない。人通りの少ない寂しいそして寒〜い河川敷で、震えながら作業にあたった。
が、始めるとなかなか面白いものである。田畑は大きく二つに分かれることに気がついた。
つまり農家が単一作物を大量に育てているタイプと、区画を細かく割り多種類の作物を個別に育てる菜園タイプである。
農機具小屋は大きく3つ。木製柱梁構造にトタン等外装材をはったもの(はらないものもある。手作り)、竿など鉄製の柱梁構造のもの(手作り)、そしてプレハブの倉庫である。概してお金のかからない製法、材料で作られている。
hentekorin.jpg
側面はハウスメーカーっぽい外装材に鉄格子付のガラス窓。一見プレハブ。
だが、何故か桂川仕様の前面(トタンの外壁に手製扉)と構造。
それは菜園タイプの畑についても同じ。バラックとなぜか竿が大量に置かれている。竿は領域表示と、夏野菜用の支柱に使われるとふんでいるのだが、それにしても多い。農機具小屋は基本的に農作業に従事する人の数に比例するようで、菜園エリアは大量の農機具小屋と竿で溢れていてなんとも異様な空気を漂わす。家庭菜園という言葉のイメージとはかけ離れた何故か違法性を臭わす空気なのである。もちろん違法性はなく、不動産を通じて賃料もきちんと払っているらしいのだが。
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さて調査も進み、雪も解け少し暖かくなったころ、キャベツを収穫しにきた農家の方を発見!急いで話を聞きに行く。嫌な顔せず、しかし手に持った鎌は決して離すことなく、ぶんぶん振り回しながら桂川について元気よく語ってくれた。最も印象に残ったのは後継者不足による田畑の空地化。そもそも菜園タイプもここに端を発する訳で、建物を建てられないこのエリアでは後継者がいなくなれば農家に貸すか、菜園として非農家に貸すしか道がないのである。貸菜園が増えてきたのもここ10年来。見たところ10分の1は今や貸菜園である。そしてぼつぼつと空く雑草だらけの田畑や休耕田。ここではそんな状態になってから、主の訃報を知ったりする。そのタイムラグは非常に都会的だ。都市計画によって守られた農業地帯であるが、少しずつ都市に侵食されつつある。そんな現状がこの河川敷の田畑をじっくり見ていくと少しずつ見えてくるのだ。
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寒さによく耐えた!こうしてまた都市へと帰っていく編集員達。おつかれさん。


posted by ren_joe at 15:41| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
寒い中の調査、お疲れさまでした。

寒さに激弱の編集長にはとても真似できそうにありませんが、充実した記事ができあがりそうで、たいへん楽しみです。

「違法性を臭わす空気」はなぜ発生してしまうのでしょうか。その仕組みは実に興味深い。
Posted by Q at 2005年12月19日 17:40
Ren_joeさん、mittanさん、先日は「極寒の桂川調査」お疲れ様でした。

午前中の調査開始後10分くらいで足のつま先の感覚が無くなり、その20分後には寒風で顔面が硬直してきたので、正直に言うと「おいおいマジかよ、きついな〜」と思ってましたが、調査していくうちに「都市の境界ならではの農業のあり方」みたいなものや、その他あまり見たことないようなモノ(貸し家庭菜園、コラージュ農機具小屋、極秘釣堀など)が発見できたと思います。田舎育ちの僕にとっては今回の調査で今さらながら京都という都市の懐の深さ(都市性?)を垣間見た気がしました(川原調査なのに)。

とまあ編集後記みたいになってしまいましたが、とにかく収穫があってよかったっす。野帳の整理など、もちろん手伝いますので記事完成に向けて頑張ろう。
Posted by m_m at 2005年12月19日 22:29
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