2006年02月15日

ビデオ総評と我が「げのむ」な日々と、この10年。

 無理をいって中林先生に頼んでいた、地区ビデオコンテストの総評がようやくホームページにアップされました。この総評を読みつつ、作品紹介を見直すとビデオの雰囲気を108倍は楽しめることでしょう。中林先生本当にありがとうございました。

 さて、最近は何かと毎日「げのむ」な日々である。年度末なので本業の設計業務もえらく急がしいのだが、それでも毎日記事を書き進めている。朝6時に起きたりして。

 そして、ようやく「便所日和」の記事が完成した。編集長にわがままいったので前編と後編をわけてもらえたのだが、その分、トイレと京都に関してじっくり考えることができた。末尾の「考察日和ー京都便所の傾向と対策」はその賜物である。是非読んでください。長かったトイレとの日々。部員の突然の休部とデータ消失という衝撃の事態に死にかけながらチャリで極寒の醍醐におもむいたり、、。でもやってよかった、です。

 今取組んでいるのは「京都境界論の射程」。これは今回の特集の理論的骨格となる小論文である。ただ、僕にとって、このテーマ自体は、この特集にあわせて急遽持ち上がったものではない。10年前の大学修士時代に、都市の片隅にひっそり隠れる、「空き地」や「奇妙な空間」を写真に納めることから、それは始まった。そしてそれらは都市の境界に現れることを知り、境界を主眼にした京都研究へ。博士時代に、境界としての「京都山辺の空間特質」を研究していたのが、CDLが始まる2年前である。その後はCDLの軌跡とともに、境界考察を進めて早くも5年目が終わろうとしている。

 そういうわけで、この小論は、特集の理論的骨格であるばかりではなく、僕にとっての京都研究の集大成にもなるのだ。

 みなさんには、そんなことは知ったこっちゃないのは、無論、承知ではあるのだが、
読んだら絶対に「おもろい」はずだと、勝手に確信している。CDLや「げのむ」が単なる京都の「端っこ好き」ではないことは、確実に証明できるだろう。キャッチコピーなんかではなく、本当に「境界が京都を支えている」のだ。

 異論は大歓迎だが、こちらも是非読んでもらえたら、と願っている。


posted by zukan at 19:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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