2006年04月21日

めびうすのコツ。山科西山

 さて、あと1週間もすれば「東山表裏捻転攻」(ひがしやまめびうすたんけん)が開催されるが、今回は本番に先立って、この「たんけん」の視点のひとつを提示してみたいと思う。

 「山科西山」という言葉を御存知だろうか?山科はわかるが、その西山って、、。答えは簡単。山科盆地の西にある連続丘陵のこと。すなわち京都東山のことである。

 京都東山といえば、山麓に清水寺や知恩院、八坂神社に円山公園など、超メジャーな観光名所が目白押しな、あの東山である。その山を東に越えたところに広がるのが山科盆地。そう山科盆地からみたら京都東山は西山となるのである。

 当たり前と言えば、当たり前だが案外気付かない視点だ。僕の知人に山科出身の人がいて、彼はいたく山科を愛している。その彼が僕に「東山って、ああ西山のことやろ」といったことで僕の目からウロコが73枚くらい落ちたのであった。

 そこで改めてイメージしてみた。山科盆地に居を構える。その彼等にとっては日が沈んでいく山こそが「京都東山」な訳である。日が落ちかけ刹那盆地は夕焼けに染まり、ゆっくりと闇に沈んでいく、、そんな風景を象徴する山なのだ。僕らが普段描いているイメージとは全くもって違うことがわかるであろう。思い出すのは「日の昇るところの天子が、日の没するところの天子に、、」のあのフレーズ。

 今回は山科盆地にまず入り、「山科西山」山麓を歩きその後峠を越えて、「京都東山」を歩くわけであり、その空間的捻れを「めびうすたんけん」と呼んでいる。ただ、誤解して欲しくないことがひとつある。それは京都が「オモテ」で山科が「ウラ」だと決めてかかっているわけではないということ。「ウラ」と思っていたのに空間が捻れて「オモテ」になった、あるいは「オモテ」がいつの間にか「ウラ」に転じた、、。この捻れ転じることこそが重要なのであって、だからこそ「めびうす」なのだ。

 今度の断面調査では、山科入りしてるときは山科ならではの「自律した魅力」を捜し出せたらと思っている。「山科の一番の問題は、山科を中心に据えて、そこから発信していくという可能性を、今の山科区民自体が信じることができないことなのだ」という胸に響く言葉を恩師から聞いたことがある。その言葉の一方で、山科に誇りを持つ知人の顔が重なる。

 あれほど魅力ある地形(=小盆地)を僕はあまり知らない。そしてかつてはいろいろなものを発信してきた土地なのだ。今は奈良にある興福寺の原型が山科にあったのを初めとして、、。

 山科発の魅力の在り処を嗅ぎ付けて存分に堪能して、捻れながら京都にはいれたらと思っている。そんな視点をみなさんに、、ひとつ。

 


posted by zukan at 13:38| Comment(0) | TrackBack(0) | おしらせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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