2006年08月26日

東一口再訪。

 京都げのむ6号で連載「通りゃせん」に取り上げられた『東一口集落』(ヒガシイモアライ)執筆者はm_mさん。東一口には私も関わりがあって…、実は母の実家が東一口なのです。(私の叔父さんと伯母さんに取材しました)最初、「巨椋池ツアー」と題して境界特集の地形編の記事を書くための調査に訪れ、その時に訪れた場所のひとつが東一口でした。一緒に訪れたメンバーの興味をひいて通りゃせん推薦となったのです。残念ながらその時は執筆者のm_mさんはおられず…。

 それからしばらくして、通りゃせん・東一口の調査取材が行われ、記事ができたのです。(調査の様子は2005年10月23日のブログを見てください)
 なぜ、今頃そんなことを書くのかというとタイトルの通り再訪したから。というより、普通にお盆の里帰りです。久々に訪れた東一口はカンカン照り、集落は変わりなく静かな時間が流れておりました。

 叔母さんに会ったら「あんたの書いた文章おもしろかったわ」とほめてもらって。うれしかったです。それとm_mさんが出来上がった京都げのむを持ってきた時の話を聞きました。m_mさんからは大学の研究室の人といっしょに届けに行ったということは聞いていたのですが・・・。
「集団で変な人が歩いてくるなぁとおもて。近所の人でもないし…、宗教の本を売りに来たのか、はたまた何かのセールスか、それにしては若そうな人たち…。」と考えていると、近くまで来て知っている顔が一人。m_mさんでした。「おばさん」とよばれてびっくりしたそうです。「お礼を言って本2冊も置いていってくれたよ。」とそんな話をしていました。よその人はめずらしい、やっぱり通りゃせん(?)な東一口なのでした。

 話は変わって、近くで見ると違って見える物って時々ありますよね。普段、家に帰る道は大抵同じでわざわざ無駄に労力使いたくないもの。なのですが、時々のひらめきによって無駄な苦労をやってしまうのがmittan。その日も自転車での帰り道、『あっ、こっち通ってみよ』と道に入ると、いつも遠くから見えていたものが違って見えたのです。それは、単なる工場のダクト。とにかくいっぱい。これだけあるとニョキニョキと壁から生えてきたように見えて。窓をよけて曲がった形などダクトが少し変化もありながら並ぶ様子が面白いと感じた。ちょっと道を入っただけなのにダクトの異様な存在感で不思議な世界に入ったような気持ちになりました。無駄な苦労で小さなよろこびをゲットしました。

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posted by mittan at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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