2006年09月20日

講演会の感想、7号編集始まる

こんにちは、Qさんに代わって7号の編集長をやらせていただくことになったm_mでございます。
先日の土曜、大阪にて行われた『関西の三奇人 ふたたび 安藤忠雄×毛綱モン太(遺影)×渡辺豊和』(ホスト:高口恭行長老、於:一心寺日想殿)という講演会が行われ、その場を借りて京都げのむの販売を行わせていただきました。講演会の第二部では運営委員長が15分ほど京都CDLの活動紹介を行いました。会場には300名以上の観客が集まり、熱気溢れる、慌しい雰囲気の中で会は進行したましたが、「げのむ」を1号から6号まで買い占めていって下さるお客さんも数人いて、新たな「京都げのむファン」を獲得できたのではないでしょうか。このような広報&販促活動の場を設けていただいた主催者の方々には本当に感謝です。

この講演会はそもそも『文象先生のころ 毛綱モンちゃんのころ—山口文象 毛綱モン太 覚え書』(著者 渡辺豊和 、編集出版組織体アセテート 2006年8月)という本の出版記念企画だったらしく、本の内容と併せ、講演会の内容も興味深いものだった。
ル・コルビュジエ〜前川國男〜丹下健三(〜磯崎新)という師弟関係は日本における近代建築の系譜として常識だが、W.グロピウス〜山口文象〜渡辺豊和(とその盟友・毛綱モン太)という系譜を知る人は意外と少ない。そういった知られざる関西の建築運動を掘り起こし、日本のモダニズムとは何だったのか、東京中心で展開されてきた近代建築の価値感を相対化することがこの本の主題と受け止めていいだろう。


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講演会の中で特に印象に残ったのは、講演者の渡辺豊和氏が紹介し、日本近代建築の最高傑作と評した山口文象(RIA)の作品、「新制作座文化センター」(八王子、1963)(写真右)だった。傾斜地に建つ劇団のための施設で、雁行する宿舎、傾斜面を利用した自然的な階段、壁面を大きく取り開口部が少ない建物など、日本の伝統的な集落や土蔵を思わせる全体構成で、上記の本のなかで渡辺氏はこれを「近代主義の土俗・ヴァナキュラー化」と呼んでいる。私は不覚にもこの建築を全く知らなかったし、一般的にもあまり有名でないと思う。そもそも、RIAの作品評で「土俗」という言葉が出てくるのは意外だった。RIAの作品で一番有名なのは間違いなく「黒部川第二発電所・ダム(1938)」で、山口文象と言えば生粋の機能主義の建築家というイメージが強かったからだ。また、集落的な構成の施設と言えば、同じ八王子にある吉阪隆正(+U研究室)による大学セミナーハウス(写真左)のほうが有名なのではないだろうか(こちらも傾斜地に建ち、中心となる交流施設を弧状に宿舎ユニット群が取り巻く構成である)。
このRIAの作品の面白いところは、コンセプトとしての「集落」はあくまでRIA的な形態ヴォキャブラリー(プロポーション、開口の取り方、ディティール)により表現され、「土俗性」は極度に抽象化されて機能を帯びているところだろう。そのため一見してこの建築を「集落的」と感じるひとは少ないのではないだろうか。建築に求められるのは「土俗性か近代性か」、言い換えれば「地域性か普遍性か」「多様性か純粋性か」という、ややもすると二項対立的とも受け止められる問いに対する答えがここにあるのかもしれない、と思った。

かなり長くなってしまったが、つい先日編集がスタートした「げのむ」7号の特集テーマは「地区型住宅構想2007(仮)」である。かつて京都大学の西山卯三氏は機能主義に偏向した丹下健三の東京計画1960批判として、具体的な空間イメージを伴ったマニフェストとしての「構想力」なる職能の必要性を説いた。21世紀の現在、そんなものが求められるのかどうか不明だが、建築界を取り巻く状況に聞こえのいいだけの言葉によるマニフェストが蔓延してはいないだろうか。「地区」や「住宅」という都市と建築の最小単位を通して、京都という都市に具体的な空間イメージを「構想」すること。7号は終わりではなく、そのささやかな第一歩としたい。








posted by cdl at 19:29| Comment(1) | TrackBack(0) | おしらせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
「げのむ」7号を1冊お譲りくださいm(_ _)m
Posted by 生業文化都市研究室 さとう賢一 at 2014年08月02日 04:09
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