東一口は昭和7年の巨椋池干拓以前は全戸の9割以上が淡水漁業で生活を営んでおり、現在は東・西の9集落にわかれ、戸数198戸・人口約800人の東西に細 長く家並みがつづく堤防集落である。干拓後は農村に転換したが、街村状の集落構造には漁村時代の面影が残る。後鳥羽上皇の時代に巨椋池の漁業権を与えられ、干拓以前は池周辺の漁村の元締め的存在だったそうな。
インタビューでは祭りのしきたり、名産品の聖護院大根、昭和28年の伊勢湾台風による巨椋池復活の様子などが聞けた。ちなみに阪神の片岡選手はこの村の出身だそうな。
村名の由来は「忌み洗い(いみあらい)」が転訛して「芋洗い(いもあらい)」となったが、集落の立地条件(入り口が一つ)から「一口」という字が当てられたらしい。うーむ土地に歴史あり。
