2005年10月31日

東山峠越えに、5年の月日を想う。

 先日10月29日、「げのむ6号」特集の「みやこきわめぐり、地形編=山」(仮題)の追調査を行った。朝からあいにくの雨。ただでさえ薄ら暗い東山峠道は究極のどんよりさで僕らを迎えてくれた。

同行したmittanさん(以降敬称略)は、始めての東山越えということだったが、僕は物好きにも大学博士時代にこの地を調査地区としており、馴染みの地区であった。しかしながら大学を去ってからは訪れることも少なくなり、今回は5年振りの来訪となった。

 峠付近にさまざまな「お気に入り」の場所を知っていた僕は、峠初体験のmittanに先輩ぶっていろんな「お気に入り」(とはいえ、大概が気味悪い廃屋とかなのだが)を披露しようと秘かに張り切っていたのだが、、、

 峠付近で「お気に入り」を探すも見つからず。最初は「まあ、ひとつくらいなくなってるのは仕方ない」とある程度ゆとりを持っていたのだが、次ぎ、また次ぎと「お気に入り」は姿を
消していた。「前は本当にあったんやけどなあ。」と「単なるモウロク」にしか映らない間抜けっぷりを、たっぷりmittanに披露する羽目に。崖に面して建っていた2階建て木造六角地蔵堂(崖上の2階と、崖下の1階部分をそれぞれ別ルートで参拝できた)が単なるコンクリート擁壁に変化して消失していたのには、正直、こたえた。

 消失してしまった彼らを見つけて、「お気に入り」にしていたときは5年前。そもそも自分だけの「お気に入り」なんてのは、感傷と、フェティシズムと、おそらくは幼少期のトラウマを絶妙にブレンドした結果、目の前の物象に過度に感情移入してしまったものなのである。だから見つけた後も、しばらくは恥ずかしくて人に紹介できないし、写真に残すのさえ躊躇してしまうのだ。少なくとも僕の場合は。

 しかし、亡くなって始めて気がつくのだ。僕の感傷なんかと元来関係なく、彼らは在って、しかも彼らが生まれ姿を消していくのは大きな「都市の事件」なんだと。僕のしょぼい感傷のせいで「彼らが在ったこと」を記録しなかったことは、最大級の罪であった。都市の観察者として。一概には言えないであろうが、5年という時間はちょうどそんなことに気付き、しかも彼らが姿を消すからこそ気付いてしまう周期なのではなかろうか。

 今回の探訪中、偶然、震え上がって死んでしまいそうなくらい気味の悪い「廃・神社」に出会った。廃虚はよく見かけるが、「廃・神社」なんてのは初めてである。人目につかない谷の中で、無数の人の欲求、願望、怨念が渦巻くのが肌から冷気とともに感受できるような、そんな場所だ。峠はじめてのmittanだけでなくそれなりに熟練の僕にとっても耐えようのない恐怖に襲われた。この場所もまた、否応なく脳内の「お気に入り」にエントリーしそうであったが、、、。その時、ふと、この地の5年後を想った。断言できるはずもないが、おそらく彼でさえも5年後、此所にとどまることはできないであろう。再訪した僕はまた記録しえなかった僕を呪うのだろう。

 というわけで、恐怖をふりはらい、この地を記録する覚悟をした。後日また記録結果を報告するかもしれない。

 5年振りの峠で姿を消した彼らを目の当たりにして、今度の5年後には少し違った想いで、この峠に足を運びたいと感じた、そんな33歳の秋。


 
posted by zukan at 14:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 調査 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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