2005年11月19日

桂川境界農業の実態2

西部農業指導所に御紹介いただいた農家の方に会ってきました。

近所の徳大寺公園で待ち合わせる。15分前に到着して質問内容を整理しようと思っていると何やら近づいてくる人影が。仕立てのいいコートに赤い自転車、つやつやと輝く白髪。あまりに公園に不釣合いな感じがして目を疑っていると、なんとこの何ともお上品な御老人がその方であった。あまりにスポーティーな格好をしてきた私は少しもじもじ・・・。実はこの方、この辺り一体の野菜生産組合の組長さん。しかも昔の地主さん。そしてとっても御立派な門構えと邸宅。圧倒されっぱなしだった。

だが御本人はとても気さくな方で、桂川河川敷一帯(上野、徳大寺)の歴史等を教えていただいた。大正末頃には田畑が大分河川敷内に出来始め、戦後の食糧難でさらに田畑が増えた、とのこと。今は上野、徳大寺で農業をしているのは50人程で、農家が全国的にそうであるように、高齢化が進んでいるようである。耕作をしていない田畑も所々見受けられる。現代の農業は非常に難しい。だが、この一帯は調整地域であるため高価で売ることは出来ない。用途も農用地と定められているため、他に転用することも出来ない。農業を続けるしかない。出来なければ他地域の農家に貸すしかない。都市の制度に守られ、昔の風景を保ち続けるこの地域は、多重の人々の葛藤を抱える場所でもあった。

richfarmer.jpg

河川敷でカメラを構えさせていただくと、「愛宕山をバックにしてください」との一言。作物を育てながら、何を想って愛宕山を眺めていただろうか。


posted by ren_joe at 00:23| Comment(3) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
家庭菜園をしようと思い、市役所に問い合わせたところ、西部農業振興所に相談してみては、とのことでした。そこでまた、西部農業振興所を検索してみたところ、このページに出会ったわけです。
で、取材された河川敷農地は、市民の農園として開放されないのでしょうか?
Posted by 矢ケ部 規 at 2006年07月03日 14:20
はじめまして。コメント遅くなりすみません。「京都げのむ」とブログを書いているmittanです。私は、西部農業振興所の方には会っていないのですが、桂川河川敷農地の用途分布の調査には同行したので河川敷農地の様子なら分かります。知っている範囲で書かせてもらいます。
調査したのは、桂川河川敷の上野橋〜西大橋の左岸(上野大徳寺地区)。河川敷の畑の一部は貸農園として個性的に利用されていました。(見た感じでは1割〜2割程)たまたまおられた利用者の方にお話したところ、十坪程度の農地を年単位で貸りているそうです。どこに問い合わせるなどの詳しい事は残念ながら分からないです。家庭菜園、出来ると思います。
Posted by mittan at 2006年07月06日 01:39
はじめまして。河川敷農地を取材したren_joe です。
mittanにも解説していただきましたが、菜園を借りていらっしゃる方には、近くの不動産屋が仲介している、とお伺いしました。具体的にどこ、ということは知らないのですが、上野徳大寺周辺の不動産屋にあたってみると何か糸口が見つかるのではないでしょうか?
家庭菜園、出来たらレポートしてください!(笑)
Posted by ren_joe at 2006年07月06日 12:00
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