2006年11月25日

ミテキテツクッテ。

お久しぶりです。mittanです。
「ミテキテツクッテ」参加された方々、お疲れ様でした!
 今回は、ミテキテの準備をいろいろしたので無事成功した事に去年よりも喜びを感じました。事前調査に行ったときは、学区の現在ヒントを見つけることが難しく疎水べりで3人で頭をかかえたり、3地区を設定したものの時間と体力的な問題を考えて1地区減らしたり、いろいろありました。2回目の事前調査に行ってようやくヒントがつかめてきたときはホッとしました。

 そんなことは置いておいて、当日はどうだったかというと…。実は自分が結構必死になってしまっていたので、あまり全体のことは語れません(笑)いやいやそんなことはなくて、書きます。

 1日目のまち歩きは私、若造ながらリーダーをやっておりました。ポイントを説明しつつ無事地区をまわって、個人で見るものに対しての興味が違うのでじっくり見たり、さっと見たり、地図を見て書き込んでしながらそれぞれに感じ取った様子でした。

img1118.jpg

会場を移して午後からの制作は、ヒント談義によって見つけた地区のヒントを生かして、みなさん黙々と作業をされていました。誰もが真剣です。(自分も制作していたのでその様子を写真で伝えられず申し訳ないです。)時間内に完成した人も、間に合わず悔しい思いのした人もいましたが、やりきった達成感をもっておられるようでした。

 2日目の展示&公開審査では制作者がプレゼンテーションを行って、一生懸命自分の作品について語る様子が素敵でした。審査委員の先生からもコメントやアドバイス、応援などが入り、一つ一つの作品を丁寧に見て、審査が進んでいきました。順位も無事決定し、よかったなぁと思えるミテキテツクッテでした。
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2006年10月11日

「ミテキテツクッテ06」開催の御案内

mitekite06-2.jpg

 お待たせしました。今年度の「京都地区型住宅即日設計競技 ミテキテツクッテ」開催の御案内です。

 今年は11月18日+19日に開催します。対象地区は稲荷学区です。

18日が稲荷学区町歩きと、稲荷学区型住宅の制作ワークショップです。
19日は前日に制作された稲荷学区型住宅作品展示と、公開審査を行います。会場は「ひとまち交流館京都」です。詳細は京都CDLホームページにて御案内しますのでそちらを御覧ください。

 今回は「ミテキテツクッテ」の企画主旨などについて書き記したいと思います。

「都市型住居」という言葉があります。例えば、町家は京都を代表する都市型住居です。では京都の住まいは全て町家をモデルにしたらよいのでしょうか?

 京都には、さまざまな特徴を備えた地区があります。そして、ある地区には、その地区にふさわしい、その地区ならではの魅力的な住まい方があるはずです。ここではそのような、「地区にふさわしい住居」を都市型住居ならぬ「地区型住居」と銘々しています。

 「ミテキテツクッテ」では、京都にあるさまざまな地区から、ある地区を選定し、その地区を実際に歩き、見ることで、その地区に潜む、魅力的な住まいのヒント(=「地区ヒント」)を探し出し、そのヒントをもとにその地区にふさわしいユニークな「地区型住居」を設計、提案することが目的なのです。

 ここで気になるのが「地区ヒント」なる言葉です。これはいったい何なのでしょうか?

 集落調査で、民家に共通の屋根形状や開口の付け方などを、デザインコードとして収集し、それを採用することをデザインルールとしながら、その集落にふさわしい住宅を提示するという方法をよく見かけます。

 しかしながら、きわめて妥当と思われるこの方法によってできあがる住宅が、何故か民家の「抜け殻」にしか見えないということが多々あります。

 これは民家の表面的な「かたち」収集に終始した結果、そこの生活を規制し決定づけるような本質的な「かたち」を捕まえることができなかったことが原因なのではないかと思われます。

 例えば、敷地境界線を共有する3軒の隣り合った家があったとします。しかしこの3軒の間を走る小さな断層と、街路体系の在り方のせいで、互いの家を行き来するのに数百メートルも迂回せねばならないという事態(この事態を「知り得ないお隣さん」と銘々します)があったとしましょう。この事態は
それぞれの屋根形状や開口のつき方なんかとは、比べ物にならないほどに、これらの家での生活の在り方に、良くも悪くも規制や影響を与えています。

 「ミテキテツクッテ」では、こんな生活の在り方を大きく規制する地区の「かたち」を、地形や街路の在り方、家の配列などから抽出し、それを「地区ヒント」とします。そしてこれをもとに地区型住宅を構想していくのです。

 このような「地区ヒント」をもとに形成される家は、ぱっと見たところは、そこに馴染んでいないように見受けられるものも提示されます。けれどもそこにあることで意味を発生させ、逆にいうとそこになければ意味をなさないような不思議な家となっていきます。

 また、このヒントからは、予定調和的な家の「かたち」は誘導されませんし、「なんとなくこんな家が馴染むんじゃないかな」的な恣意的な形態決定も拒まれます。その地区から誘導されたにもかかわらず、予期せぬような「かたち」を持つ家。そしてその家があることで地区の生活風景がとっても魅力的になるような家。

 「地区ヒント」とは当企画の大事な大事なキーワードなのです。

 長くなってしまったので、ひとまずここまでとしておきます。興味をもたれたみなさん、是非是非御参加ください。地区から生まれたのに、地区を予期せぬような「かたち」で魅力的にする家、そんな家を一緒に町を歩きながら構想できたらと願っております。



posted by zukan at 14:32| Comment(0) | TrackBack(1) | おしらせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月20日

講演会の感想、7号編集始まる

こんにちは、Qさんに代わって7号の編集長をやらせていただくことになったm_mでございます。
先日の土曜、大阪にて行われた『関西の三奇人 ふたたび 安藤忠雄×毛綱モン太(遺影)×渡辺豊和』(ホスト:高口恭行長老、於:一心寺日想殿)という講演会が行われ、その場を借りて京都げのむの販売を行わせていただきました。講演会の第二部では運営委員長が15分ほど京都CDLの活動紹介を行いました。会場には300名以上の観客が集まり、熱気溢れる、慌しい雰囲気の中で会は進行したましたが、「げのむ」を1号から6号まで買い占めていって下さるお客さんも数人いて、新たな「京都げのむファン」を獲得できたのではないでしょうか。このような広報&販促活動の場を設けていただいた主催者の方々には本当に感謝です。

この講演会はそもそも『文象先生のころ 毛綱モンちゃんのころ—山口文象 毛綱モン太 覚え書』(著者 渡辺豊和 、編集出版組織体アセテート 2006年8月)という本の出版記念企画だったらしく、本の内容と併せ、講演会の内容も興味深いものだった。
ル・コルビュジエ〜前川國男〜丹下健三(〜磯崎新)という師弟関係は日本における近代建築の系譜として常識だが、W.グロピウス〜山口文象〜渡辺豊和(とその盟友・毛綱モン太)という系譜を知る人は意外と少ない。そういった知られざる関西の建築運動を掘り起こし、日本のモダニズムとは何だったのか、東京中心で展開されてきた近代建築の価値感を相対化することがこの本の主題と受け止めていいだろう。


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講演会の中で特に印象に残ったのは、講演者の渡辺豊和氏が紹介し、日本近代建築の最高傑作と評した山口文象(RIA)の作品、「新制作座文化センター」(八王子、1963)(写真右)だった。傾斜地に建つ劇団のための施設で、雁行する宿舎、傾斜面を利用した自然的な階段、壁面を大きく取り開口部が少ない建物など、日本の伝統的な集落や土蔵を思わせる全体構成で、上記の本のなかで渡辺氏はこれを「近代主義の土俗・ヴァナキュラー化」と呼んでいる。私は不覚にもこの建築を全く知らなかったし、一般的にもあまり有名でないと思う。そもそも、RIAの作品評で「土俗」という言葉が出てくるのは意外だった。RIAの作品で一番有名なのは間違いなく「黒部川第二発電所・ダム(1938)」で、山口文象と言えば生粋の機能主義の建築家というイメージが強かったからだ。また、集落的な構成の施設と言えば、同じ八王子にある吉阪隆正(+U研究室)による大学セミナーハウス(写真左)のほうが有名なのではないだろうか(こちらも傾斜地に建ち、中心となる交流施設を弧状に宿舎ユニット群が取り巻く構成である)。
このRIAの作品の面白いところは、コンセプトとしての「集落」はあくまでRIA的な形態ヴォキャブラリー(プロポーション、開口の取り方、ディティール)により表現され、「土俗性」は極度に抽象化されて機能を帯びているところだろう。そのため一見してこの建築を「集落的」と感じるひとは少ないのではないだろうか。建築に求められるのは「土俗性か近代性か」、言い換えれば「地域性か普遍性か」「多様性か純粋性か」という、ややもすると二項対立的とも受け止められる問いに対する答えがここにあるのかもしれない、と思った。

かなり長くなってしまったが、つい先日編集がスタートした「げのむ」7号の特集テーマは「地区型住宅構想2007(仮)」である。かつて京都大学の西山卯三氏は機能主義に偏向した丹下健三の東京計画1960批判として、具体的な空間イメージを伴ったマニフェストとしての「構想力」なる職能の必要性を説いた。21世紀の現在、そんなものが求められるのかどうか不明だが、建築界を取り巻く状況に聞こえのいいだけの言葉によるマニフェストが蔓延してはいないだろうか。「地区」や「住宅」という都市と建築の最小単位を通して、京都という都市に具体的な空間イメージを「構想」すること。7号は終わりではなく、そのささやかな第一歩としたい。








posted by cdl at 19:29| Comment(1) | TrackBack(0) | おしらせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

地区ビデオ06作品募集始まります。

tikuvideo062.jpg

 こんにちは。ようやく天候も秋らしくなってきました。空の色や朝夕の涼やかさが、それを伝えてくれてます。

 さて、秋といえばCDL企画の超本番な季節です。今回は、そんな企画のうち、せっかく秋のお話をしたのにもかかわらず、12月9日に開催される京都地区ビデオコンテストの作品募集開始のお知らせをいたします。

 そう、開催は真冬ではありますが、この時期からの作品募集告知ですので、結局作品は秋の地区風景が、さまざまに展開されるものとなるのです。

 さて、今年度のテーマですが「京都遊歩者2006-見慣れたまちを見知らぬように-」です。あれっ?昨年と違うのは「2006」ってついただけじゃないですか?ひょっとして単なる手抜き?

 断じて違います。昨年も書き記しましたが、このテーマは、W.ベンヤミンが「都市の遊歩者」のなかで「見知らぬ町を見慣れた町のように見る。見慣れた町を見知らぬ町のように見る」と書き綴ったことにヒントを得たもので、このような都市に向けた視線の在り方の普遍性と、その可能性に期待したものです。

 そして、昨年このテーマのもと、たいへん魅力ある地区風景のあぶり出しが提示されこれまでの地区ビデオ以上に大きな手ごたえを得ました。それと同時に、このテーマは地区ビデオが常に目指すべきものであり、かつもっともっと突き詰めて深めていくべきテーマだと痛感もしました。

 実際、着眼はよいのにそこから迫ってくるものの描写までは至らなかったり、不馴れから描写そのものが稚拙であったり、、、などなど、惜しい作品が非常に多かったのです。

 というわけで、敢えて今回も同じテーマで出題としたわけです。

 僕も密かに(?)昨年までで5つのビデオを作成していますが、なかなか思うところまで到達できません。ここ数年はあまり見られなくなった「ストーリーもの」の地区ビデオをずっと個人的なテーマにしてやっているのですがこれが難しい。「ストーリーもの」が地区ビデオとなるには、役者たちが形成する物語りが、前面で繰り広げられ、あたかもそれが主のように見えているのに、実は背景にある風景こそが迫ってくる必要があります。物語りが空疎すぎると、その意図がすぐにばれてしまい、ビデオとして魅力がなくなります。かといって物語りに重きをおきすぎると、風景は単なる背景のままです。簡単そうでなかなかに悩ましいのです。

 これは「ストーリーもの」のお話ですが、「風景描写」ビデオでも、いろいろな難しさがあります。単なる撮影だと見慣れたものが見慣れたままだし、変に編集技法に凝ると、ビデオ技術の展覧みたいになって結局、何も迫らないし。

 とういわけで、今回6回目を迎える地区ビデオなのですが、なかなか「これだ!!」というものを作れないし、出会えません。ただ、ひとつ言えることは地区の「ロケ」に力を注ぎ込むことが絶対的に必要不可欠であることは間違いありません。編集する前に、いかに風景と対峙するか。これこそがどのジャンルであっても地区ビデオが成立する原点となるのは間違いないでしょう。

 正式な告知は、もうすぐホームページ最新情報でアップされます。いろいろ制作に関しての難しさはありますが、とにかく楽しいこの企画、作っても見ても本当に面白いのです。みなさん、是非是非、応募してください。お待ちしております。

posted by zukan at 10:43| Comment(0) | TrackBack(0) | おしらせ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月13日

小京都の迷走町家図鑑-最終回-

 少し間があいてしまいましたが、いよいよ最終回です。前回は応用編ということで、よくも悪くも創意工夫の見られた町家を紹介しました。

 最終回は、角館の町家の今後の行方を考えてみる、そんな回にしようかと思います。

 では恒例のおさらいです。角館町家の典型的特徴三ヶ条です。

1、切妻屋根
2、妻入り(ちなみに京都は平入り)
3、前面にとりつく片流れの下屋(冬場のアーケードになり「こもせ」という)

 思い出してもらえたでしょうか?今回の典型例は故人(なんじゃそりゃ)です。

sincho.jpg

 これは有名な新潮社の創始者生家です。残念ながら今はありません。ここで注目してもらいたいのが前面の下屋です。完全にアーケード化して左右へどんどん伸びてるのがわかります。これこそ「こもせ」という冬場アーケードの本来の在り方を示す貴重なお写真です。それにしても角館の町家は2階部分の「建ち」が妙に高いのが気にかかります(要はえらく寸胴で短足)。

 さてお次ぎはこれ。

goike.jpg

 平家だけど、すっごく豪邸です。そう、これは角館町家の中で最も有名な「五井家」です。こんな立派なものを何故、今になって紹介するんだということですが、実はこの家、僕が曵家した町家と同じ通りに面しているために「軒切り」しなきゃならない運命となり、ほん最近その工事が完了したところです。「軒切り」とは文字通り建物の軒をあるラインでズバッと切断した後、形を整える方法です。今回のような緊急事態に対する処置として「曵家」と「軒切り」は2大対処法といえます。

 それはそうと角館の町家が寸胴短足な理由は、町家の元来の型である平家を、そのプロポーションのまま変更せず2階に持ち上げて、その下部に何らの調整なく下屋をつけた結果なのではと推測できます。プロポーション調整せず、そのまま上にあげてしまうなんて、さすが東北。太っ腹(?)

 ではここから今回の本題です。先に前面道路拡幅という事態に対して「曵家」と「軒切り」という対処法と、その具体例を示しました。では、今回の拡幅工事に際して、この通りに面する全ての家が、その二つの方法で対処したのでしょうか?いきなりですが回答を言うと「ノー」です。例にあげた二軒以外は全て解体、新築しました。

 「新築ってどんなの建てたのだろう?」ほらほら興味がつきません。それでは、新築さんを見ていきたいと思います。

machiya-fu.jpg

 手始めにこんなやつ。下屋が変則的(下屋というよりは1階寄せ棟に2階がつくという感じ)ではありますが、なんとか三箇条に近いものとなってます。切り妻部分も真壁やし、、、うーん何だか変。そりゃそのはず、この真壁は見せかけであとでそれらしく張り付けた単なる外装なのです。力を受けない梁型には、当たり前ですが部材の力動感ゼロです。仕方ないけど哀しい。

rikuyane-machiya.jpg

 お次はこれ。「要するに真壁っぽくしてたら町家的で、景観っぽいやろ。文句あんのか(東北弁に変換してください)」という迫力を感じてしまいます。なにがおかしゅうて豪雪地帯に陸屋根採用するのかわからないですが、おそらくはモダンへの憧れでしょう。憧れのモダンって何?って感じですがまああまりそこにはつっこまないでおきましょう。しかし箱型だけでは落ち着かないのか下方に「切り妻町家型」がぺったり。今後はこんなのが主流になるのかしれません(やめて欲しい)。

ironomi-kura.jpg

 次はこれ。「モダンやるなら抽象度アップと平滑にいかなきゃ」というクールな感じのもの。でも色だけは何だか町家的です。「いろのみ町家」と名付けましょう。今後はこんなのが一世を風靡するのかもしれません(すごくやめて欲しい)。

ironomi-machiya.jpg

 そしてこれ。よりモダン。でも隅部の縁取りがちょっぴり町家的です。「隅だけモダン」と名付けましょう。今後はこんなのが町をすべて埋めてしまうのかもしれません(頼むからやめて欲しい)。

universal.jpg

 最後はこれです。「どこにでもある普通の家やん」って感じです。というか、「感じ」ではなく本当に日本全国どこでもある住宅です。そう、「どうせ町家で在り続けられないなら、偽装しても仕方ないやん」というごもっともな意見が聞こえてきそうです。ほとんどゲームと化した町家偽装に疲れたのか、この手の住宅が少しずつ増えてきています。このタイプの家こそ、日本国内では本当にどこにでも建つ「ユニバーサルな戸建て住宅」です。見た目とかではなく、その「ユニバーサル」な意味においては、これこそがわが国のモダニズム様式なのかもしれません。「どこであっても等しく展開可能な均質な建築」だからです。

 さて、最終回というのとは別な意味で少し寂しい気持ちになっちゃいましたね。回の構成ミスかもしれません。すみません。

 ただ、ある「型」が惰性になってしまい、そのうち「型」への意識が表面への意識に転じ、最終的に「色あわせゲーム」と化していくのは、小京都だけでなく、京都自体、そして多くの他の都市でも見られる問題です。

 家に住み、家ととも都市に在り、とても個人的なよろこびに満ちているのに、新たな都市空間を誘導し、新たな「型」生み出すような家。そんな家が在る風景を強く願いますが、それを獲得するのはそんな簡単なことではないようです。迷走する角館の町家図鑑を作成してそんなことを想ってます。

 では、これにておしまい。またいつか、どこかで、御会いできたら嬉しいです(っていうかどっかにいくんかい。ちゃんとCDLの仕事しろよ!独りで自戒)。

posted by zukan at 20:02| Comment(1) | TrackBack(0) | 調査 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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