2006年09月04日

小京都の迷走町家図鑑02

こんにちは/おはようございます/こんばんは。(←時間に応じて適宜選択してください)さて、頼まれてもいないのですが、「小京都の迷走町家図鑑」早速、第2段を御報告します。

 まずはおさらいとして、角館町家の典型的特徴三ヶ条から。

1、切妻屋根
2、妻入り(ちなみに京都は平入り)
3、前面にとりつく片流れの下屋(冬場のアーケードになり「こもせ」という)

 では、この典型例で、前回紹介したものと違ったやつを下に示します。

jyunsui-machiya2.jpg

 これもかろうじて見つけた典型町家のうちのひとつです。しかもこれは空家ではなくバリバリの現役です。頼もしい限りです。

 さて、これでじゅうぶんおさらいできたので今回の本題に入りたいと思います。第2回目ということで、今回は応用編(?)です。

modern+machiyageya.jpg

 前回、モダン町家を紹介しましたが、上のものはコンクリートモダン部分の主張を限り無くおさえて、あたかも「単なる壁」のごときに振る舞っています。その下部には町家型のサイン、すなわち「木造真壁で切妻」な下屋をぺったり張り付けてます。これなら後ろのコンクリートに気付かず、平家の純粋な町家として、じゅうぶん、、、全然通用しません。すごく気付きます。後ろのコンクリート部分。

3ren-chyuomachiya.jpg

 さて、お次はこちら。おおっ!また典型的な町家発見か!「木造真壁の切妻に片流れの下屋」ばっちり。しかしその両側隣をよく見ると、、。実はこれ平入の3軒長家のまん中だけが当地の町家型になっているとっても奇妙な代物なんです。切妻が先か、平入の長家が先か、う〜ん。切妻三連長家は無理やしなあ、、。

chokkaku-kirizuma.jpg

 「平入の助けを借りるなんざ言語道断だぜ」的なやつが上。なんと短辺方向の切妻だけでなく、側面全面にも強引に切妻を張り付けてあり、しかも片流れの下屋までつくっちゃってます。直角両面切妻野郎!!恐るべしです。

koseimukidasi.jpg

 普通にいけば棟で折れ曲がり穏当な平入の家になるはずなのに、鋭角的、雪崩的に折れ曲がる真っ赤な鉄板がズドーン。真っ赤な鉄板!ああなんて情熱的、、。でもすごくかっこわるい。個性が全速力で空振りした感じ。でも
片流れの下屋がなんだか真面目で憎めない。

 sekizo-machiya.jpg

 同じ個性派でも、こいつはすごい。完全な石造建築で母屋を構成。
造形的な観点からいうと「切妻妻入」とは、建築個体の強さを正面性に託して表明するものです。逆に「切妻平入」は周囲との連続性と、それによる水平的な風景を目指すもの。妻入の出雲大社と平入の伊勢神宮を思い浮かべたら納得できると思います。その観点から見るとこの町家は妻入という正面性の強さを石造形で見事に表明しているといえます。石で忠実に木造の切妻型を模造しても意味ないですが、石ならではの造形で個性溢れる強い正面性を形成することは逆に当地の造形感覚にフィットするように思われます。本当にお見事!しかもちゃんと片流れの下屋もよい感じでついてるし。

 というわけで、第2段はここらへんでおしまいにしたいと思います。次回は早くも(早くないよ、いい加減おわってくれ!という怒声は無視して)最終回です。近々アップしますので、また御覧いただけたら幸いです。では、また。
posted by zukan at 18:51| Comment(3) | TrackBack(0) | 調査 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年09月01日

小京都の迷走町家図鑑01

 どうも御無沙汰しております。長い長い間、記事の更新のない時期が続きましたが、そろそろ再開です。だって、もうすぐ秋になっちゃいますし。

 久々の記事は、当然、京都のなにがしかの記事でいくのが定石だとは思いますが、夏休みの報告も兼ねて、遠いところのお話をひとつ。

 だいぶ前の記事にも書きましたが、僕にも深い縁のある秋田県角館町という小京都があります。その目玉商品ともいえる武家屋敷まわりはとっても綺麗なのですが、日常の住まいがある町人街(外町)はいまやボロボロです。かつては雪国の町家に相応しい明確な「型」をどの家も有していたわけですが、さて現在はというと、、、。

 というわけで、先日、僕が角館に探訪した際に、彼の地にたたずむ数々の町家(現役、元、偽装、変型、、、など含む)の写真を納めてまいりました。並べてみると、これが結構面白い。そこで、今回から数回にわたって北国の迷走する町家状況を紹介したいと思います。

seika.jpg

 まずは、典型的なやつ。これは昨年、僕が曵家+増築した親父の生家で、手前に見えるのが築100年の2階建て町家です。簡単にいうと角館町家の特徴は、
1、切妻屋根
2、妻入り(ちなみに京都は平入り)
3、前面にとりつく片流れの下屋(冬場のアーケードになり「こもせ」という)
の3つといえましょう。しかし、現在はこのような典型的な町家はほとんど残存しません。

jyunsui.jpg

 町中を歩きまわって、どうにか5軒くらい見つけた典型町家のうちのひとつがこれです。あって良かったぜ!!と、狂喜乱舞したいところですが、どうも空家くさく、その命も風前の灯っぽい雰囲気が濃厚。正直やばいです。

shinkenzai.jpg

 さて、最も目につくのは、上のようなタイプ。要するに町家の特徴3ヶ条は満たしているものの、外壁は真壁ではなくトタンをはったり、モルタルで固めたりしたもの。防火などでやむをえずこうなるのでしょうが、正直やぼったく、あんまり町家には見えません。

modern.jpg

 なら、いっそモダンで勝負!といったのが上のこちら。箱型金属版ばりでにぶい光沢が、素敵。でもどんだけモダンでも、片流れの下屋は忘れないこの郷土愛!ああ。

kaizo.jpg

 なんだかわからないけど、改造をくりかえしたら、こんなんなっちゃったのがこれ。商品と外装が絢爛豪華に家を盛りたてます。個人的には結構好き。

 と、まずはさわりはこんなところで。まだまだ、いろんな種類ありますが、すこしずつ紹介したいと思います。「えぇ-まだひっぱるんかい」という怒声が響き渡るのがこちらまで届きそうなのではありますが、懲りずにおつきあい願えたら幸いです。京都の記事も復活させますんで。
posted by zukan at 14:58| Comment(1) | TrackBack(0) | 調査 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月26日

東一口再訪。

 京都げのむ6号で連載「通りゃせん」に取り上げられた『東一口集落』(ヒガシイモアライ)執筆者はm_mさん。東一口には私も関わりがあって…、実は母の実家が東一口なのです。(私の叔父さんと伯母さんに取材しました)最初、「巨椋池ツアー」と題して境界特集の地形編の記事を書くための調査に訪れ、その時に訪れた場所のひとつが東一口でした。一緒に訪れたメンバーの興味をひいて通りゃせん推薦となったのです。残念ながらその時は執筆者のm_mさんはおられず…。

 それからしばらくして、通りゃせん・東一口の調査取材が行われ、記事ができたのです。(調査の様子は2005年10月23日のブログを見てください)
 なぜ、今頃そんなことを書くのかというとタイトルの通り再訪したから。というより、普通にお盆の里帰りです。久々に訪れた東一口はカンカン照り、集落は変わりなく静かな時間が流れておりました。

 叔母さんに会ったら「あんたの書いた文章おもしろかったわ」とほめてもらって。うれしかったです。それとm_mさんが出来上がった京都げのむを持ってきた時の話を聞きました。m_mさんからは大学の研究室の人といっしょに届けに行ったということは聞いていたのですが・・・。
「集団で変な人が歩いてくるなぁとおもて。近所の人でもないし…、宗教の本を売りに来たのか、はたまた何かのセールスか、それにしては若そうな人たち…。」と考えていると、近くまで来て知っている顔が一人。m_mさんでした。「おばさん」とよばれてびっくりしたそうです。「お礼を言って本2冊も置いていってくれたよ。」とそんな話をしていました。よその人はめずらしい、やっぱり通りゃせん(?)な東一口なのでした。

 話は変わって、近くで見ると違って見える物って時々ありますよね。普段、家に帰る道は大抵同じでわざわざ無駄に労力使いたくないもの。なのですが、時々のひらめきによって無駄な苦労をやってしまうのがmittan。その日も自転車での帰り道、『あっ、こっち通ってみよ』と道に入ると、いつも遠くから見えていたものが違って見えたのです。それは、単なる工場のダクト。とにかくいっぱい。これだけあるとニョキニョキと壁から生えてきたように見えて。窓をよけて曲がった形などダクトが少し変化もありながら並ぶ様子が面白いと感じた。ちょっと道を入っただけなのにダクトの異様な存在感で不思議な世界に入ったような気持ちになりました。無駄な苦労で小さなよろこびをゲットしました。

060826.jpg
posted by mittan at 22:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月25日

本屋さんで。

お久しぶりです。最近インドア派のmittanです。
この前、久々にプラッツ近鉄の旭屋書店に行きました。ページの左側にも書かれているように近鉄の旭屋書店には京都げのむが置かれています。「あるかな」と思って、探してみると建築系コーナーに青く輝く京都げのむ6号が積まれていました。「あるある〜♪」と喜んだのですが、横にある本のポップがややかぶり気味で・・・。おもわずそれをよけてしまいました(笑)

それでなんとなくホッとして、自分が買おうと思っていた本を立ち読みしてると、向こうにいたんです。京都げのむを立ち読みしている人が!!!「あぁ〜!」っと思ってチラ見。若干怪しい人かもしれないですね(苦笑)
知らない人が興味もって読んでいると思うと気になってしょうがなくて。また自分の立ち読みに戻ってまたふとそっちを見たら、しゃがみこんで読んでいたんですその人。「おぉっ!」とまた喜んでしまいました。そんなことを思っていると時間が…、立ち読みにふけりすぎました。その本を買って急いで旭屋書店を出ました。あの後、その人が京都げのむを買ったのかもっと立ち読みしてたのかはわからず…。でも、少しうれしかったです。
posted by mittan at 00:01| Comment(0) | TrackBack(0) | 所感 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年06月27日

きわめぐる都市編「道」

「道の形」というのは都市の成り立ちを探る上で、最も入手しやすく、かつ情報量の豊富な材料である。都市空間分析の「いろは」の「い」は街路形態にあるといってもよい。
京都中心部の碁盤の目状街路のルーツが古代中国の条坊制にあるという話は小学生でも知っている。ではでは、京都の周縁・境界領域に見られる、起伏に富み紆余曲折した異形の街路網は如何にして誕生し、そこから何を読み取ることができるのであろうか?
(当初これらの道を「境界の道」=「きわの道」→「極道」として話をつくろうと試みたが、よくよく考えると意味不明なネーミングのため没になった)

michi.jpg


●『きわめぐる都市編「道」─地形三重奏の裂け目』より:
(文・図:中川雄輔 全3頁)

 「京都の道」と聞いて、思い浮かぶのはどんな道だろうか。格子状に走る雅やかなる大通り、その裏のしっとりした路地に舞妓さんがはんなりと…いやいや、それは京都の道の表の顔である。中心部から一歩足を踏み出せば、「これが京都?」と唸らされる不思議な道たちが、実はたくさん潜んでいる。
 平安京では山・川・野といった自然地形が都市を囲む境界領域を形成していた。しかし近代以降、京都の街はその禁断の領域に踏み行りつつ拡がってきた。そして、河川改修・道路拡幅・鉄道敷設などの人工的地形変化と、中心から外に外に浸食していく宅地化は、既存の地形と重なり合うことで、数多の異形の道々を街の中に産み落としたのである。以下、京都の中心部では決して見ることのできない、「きわの道」をいくつか紹介したい。

034_michi.gif ←紙屋川立体街路 [p.34]
posted by Q at 01:33| Comment(1) | TrackBack(0) | 6号紹介 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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